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あと3cm後ろ 君には理解できないかっ。

トイレのブザーが鳴ってる。
ノックをして「失礼します」
と入るとチラッと私の顔を見られる。
「君はこの職場でどのポジションや?」
「パートです」
「はっ、くそか」
一瞬どう答えていいのかわからず、「車椅子少し動かしますね」と
手すりの持ちやすい位置に動かす。
「この状態で(右麻痺) そんな位置に動かして立てると思うのかっ。もう少し左やろっ。」
「申し訳ありません」と動かす。
「謝れば済むと思う根性が腐ってる。少し頭を使って仕事せ、まだ1cm
右や」
「あと3cm後ろや、わからんかっ」
もう車椅子を持つ手は滑り、脇からは汗がにじみ、頭は真っ白。出てくる言葉は
「これくらいですか?」「よろしいですか? 」「申し訳ありません」

すぅぅぅうう息を吸い、はぁーと大きくため息。

「君には言葉を理解する脳みそがないんやな、もういい消えて」
と手のひらでシッシッ。最初の出会いは最悪、怖すぎてもう心ポッキリ。

昼食時、配膳で最後のトレーを見れば、Nさん。心を決めて持っていく。
チラッと顔をみるなり 大きくため息。「まずなるわ」
私も本当は避けたいのですが。つらい・・・。

そして入浴介助。
Nさんの入浴方法はレポート二枚、ずっとこの日に備えて必死で覚えた、はず。
"落ち着けぇ" と唱えながら車椅子を押す。
お風呂場の扉が地獄の門のように思えてくる。

そして脱衣室に入るなり手すりの位置
"絶対、左手延長上少し左寄り、この位置のはず・・・"
「全然ちがうやろっ、3cm後ろっ ほんまに何にも考えとらん。」
「やめてくれっ、脳みそを使った事がないねんなっ」と大声で怒鳴られる。
楽しいそうに話しをしていた他の方も何だか無口になってしまい、空気が凍り付くよう。なお一層焦ってしまい、手まで震えてくる始末。

入浴後は、まず全身を拭き、特に脇、首は丁寧に。
エレキバンを貼って、湿布薬を両肩、腰に、両脇の真ん中から後ろ部分中心に広く塗り薬、消炎剤を膝関節皿の周りをまわるく塗り、次に足指周りの薬と順番を決して間違えないよう小さな独り言で自分自身確認しながら行っていく。
服の着衣の順番、手順もなんとかこなせた、と思った矢先、右足の装具が引っかかって靴がはけず、モタモタ。
どうしても踵がはいら・・・ない、  どうしたら?    べろをひっぱり、 かかとぉぉぉぉぉ、でもはいらない。汗が目に入って痛い。入らん。
つい「申し訳ありません」と言ってしまう。
「はぁぁぁ、又謝罪かっ、自分の技術のなさを誤って済まそうと思うなっ」
たしかに。でもこれは悪いと思うとつい言ってしまうんですよー、と心は叫ぶ。

脱衣室からフロアに車椅子を押しながら出ると大広間のような広いフロアにおられる何人かの方やスタッフ達から同情の目線。どうやら怒鳴り声は、
玄関の方まで聞こえていたらしい。お茶をお渡しして離れた途端、全身の力が抜けてどっと疲れがのしかかってくるよう。もう動けません。もう何も考えられません。もうお仕事終了にさせてください。

どう接すればいいんですか?部長。どうしたらうまく踵はいる? どうしたら気分害されずに済む?どうしたら怒鳴られずに済む?すいません以外の言葉は?
出勤の度、あちこちに聞いて回ってもわからず。会う度に怒られ罵られ?
数か月。

一度も怒られず入浴を済ます事ができた日、思わず「合格ですか?」
「やっとやな」との答え。
「おおおおおっ、できたできたぁ。」思わず大声でガッツポーズ!

その日以降、君子危うきに近寄らず?で挨拶しか近づかず、話をしなかったのが
「何の本読んではるんですか?」
「犬にはいつも優しいんですか・?」とお話するようになり、
「あいつ(新入職員)は、伸びる、うまく育ててやらないとあかん。」
「あいつは偉そうにしとるけどちょっと怒ったらシュンとなって近寄ってもきよらへん。男のカスや。」
「私、がんばったでしょう?褒めてくださぁい。褒めて育つタイプです。」
「身だしなみは気を付けないとあかん。汚い顔しやがって化粧ぐらいせ」
「いやっ、出勤5分間は化粧バッチリです、汗で流れてしまっただけです」
いつの間にか会話が楽しくなり、
「Nさん、ご免、向こうで呼ばれているので行ってきます」と話を切り上げないといけないぐらいに変わってきたのが不思議。

なかなか打ち解けてもらえない方が少しその人の人生や考えなど聞けるとなんだかとってもうれしく、胸が膨らむ楽しさ。
これ介護していなかったら味わえなかったかかも。



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