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Number 1058-1059 落合博満と野村克也

こんな特集を待っていた。

『似て非なる名将』 落合博満と野村克也
その通り。お二人とも監督として日本一に輝いている。

現役時代は『三冠王』に輝いた強打者。引退後はプロ野球評論家、解説者として活躍。

クロマティがファウルするコースを見事に当てた『野村スコープ』をリアルタイム中継で観てびっくりしたし、2003年日本シリーズダイエー対阪神の勝敗をぴたりと予想した落合さんの分析力にも唸った。

きっと『お二人にしか見えない何か』があったのだろう。
それがプロ野球の奥深さかもしれない。

僕はお二人から感じる『職業野球人』の雰囲気がたまらなく好きだ。
バット1本で稼ぐ。必要とされればどこにでも行く。契約の世界に生き、職責を全うする。

「生涯一捕手」で現役を終えた野村克也さん。
「代打で始まった男だから最後も代打で」現役を終えた落合博満さん。
僕はそこにお二人の『職業野球人』としての美学を感じ、憧れる。

「オレ流」と「ID 野球」の共通点と相違点を橋上秀樹さん、川崎憲次郎さん、井端弘和さん、秦真司さんが語っている記事が掲載されていてとても面白い。

僕の心に強く響いた橋上秀樹さんの言葉。

「現在の野球を見ていても、何となく底が見えるような感じがファンの人にもあるのでしょう。野村さん、落合さんを通じて野球の奥行き、奥深さを感じたい人がまだまだいる。だから、この二人に対する興味が未だに尽きないのではないでしょうか」

底が見えるような感じがする野球は、つまらない。
だから僕は現在の野球をほとんど観ない。
記憶を辿ってみると、真剣に野球を観たのは2011年日本シリーズが最後だった。

お二人の現役最後の1年を紐解く『諦めの悪いエピローグ』。
プロ野球選手に限らず、誰にでもいつか訪れる『引き際』について考えさせられた。

「ワシの時と、状況がダブって見えてしょうがないんや。功労者をこんな形で辞めさせていいんかい…」
1996年シーズンオフ、巨人を退団した落合選手に対するヤクルト野村監督のコメントだ。

1977 年シーズンオフ、野村選手は兼任監督まで務めた南海を不本意な形で去ることになり、ロッテで1年、誕生したての西武で2年働いて1980年に引退している。

野村監督率いるヤクルトと上田監督率いる日本ハムが落合選手獲得に名乗りをあげ、落合選手はご自身43歳の誕生日に日本ハム入りを表明した。

スポーツニュースやスポーツ新聞で落合選手の情報をチェックしまくっていた当時のことを、昨日のことのように思い出せる。

僕は野村ヤクルトの4番を張る落合選手が見たかった。
ID 野球にオレ流熟練の打撃が加わり、1994 年巨人以上の落合効果でヤクルトはセ・リーグを制覇、日本一に輝くお二人を見たかった。

「プロとして自分を高く評価してくれるところに行く」と公言し、日本ハムに入団した落合さん。
自分の選択基準を貫いた姿に『職業野球人の矜持』を見た気がした。ますます憧れた。

『社会人野球に関わったお二人のことが書かれた『野球人生の崖っぷちで。』これまた読み応えがある。

野村さんはシダックス監督として、落合さんは臨時工で就職した東芝府中の野球部に加入して、社会人野球と関わった。

その当時のお二人の名言を見つけた。

経済力とは「どれだけ貯えがあるかではなく、持ち合わせを上手くやりくりできる力じゃないか」、そして幸せな生活を「ゆとりのある貧乏」と表現した落合さん。

「社会人を甘く見ていたわけではないが、私が想像していたより数段レベルが高い。しかも、生活をかけたプロは個人主義だが、社会人は活躍しても給与が上がることはなく、実力があってもベテランから引退する。そこから生まれる『チームで勝つ』という純粋さは、何を起こすかわからない。こちらも勉強しなければならないことがあるな』と語った野村さん。

僕はお二人の言葉から、『社会人としての謙虚さ』を感じた。これもお二人の共通点ではないだろうか。

お二人の番記者が見た『語る力と、語らぬ力。』
松井優典さんと森繁和さんが語り合う『あの二人の野球談義は止まらなくて』
『信子夫人とサッチーの"女のみち"。』

全部面白すぎる!

落合さんの成績に特化した『落合博満は1985年が最も美しい。』このタイトル、いいなあと思った。

1985 年の落合選手、打率.367、本塁打52、打点146 キャリアハイ。チームは首位西武と15ゲーム差の2位。
『最も美しい』のは落合選手の数字(成績)のことかなと思っていたら、それだけではなかった。

当時のロッテチーム付きマネージャー北川裕司さん、トレーナー藤井秀道さん、ミスターオリオンズ有藤道世さん、西武の正捕手伊東勤さんが語る『三冠王落合博満』。
落合選手はチームの勝敗を考えず、自分の成績だけに集中した結果の三冠王という心ない論調があったことに対して、落合さんと不仲説もあった有藤さんの以下の言葉が、落合選手の『美しさ』を表している。
「冗談じゃないよ!オチはあの年、誰よりもチームに貢献している。4番としてフォアボールを選ぶこともあれば、本塁打が必要ににる場面もある。オチが打てば勝つ。打たなきゃ負ける。それが4番の仕事なんだ」
「史上最強の右打者は、あの年の落合博満ですよ。ただね『何やってんだ』という思いもあるんです。あの頃のオチなら4割を打てる力があった。本人も悔しいだろうが、僕も見てみたかった。それだけの器だったからね」

僕はふと、こんなことを考えた。
もしも…お二人が監督として初めてセ・リーグ優勝を果たしたチーム、2004年の中日と1992年のヤクルトが日本シリーズで戦ったらどちらが勝つだろう?

間違いなくもつれるだろうなあ。史上初の第9戦なんてのもあるかもなあ。

そんなことを想像しながら『Number 似て非なる名将落合博満と野村克也』を読んだ。
久しぶりにプロ野球に浸れた、それは幸せな時間だった。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

ピアニカたろう



























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