幸せのハードルを下げる話
前回丸一日休みだった日はいつだったか思い出せないくらい久しぶりの休日。家族でお台場周辺に行きました。閑散としてました。客より従業員の方が多いのでは?と思うくらい閑散としていました。
人が少ないので居心地はよかったですが、あれほど賑わっていたお台場の閑古鳥を目の当たりにして、これからの世界はどうなるのかな…なんて思いました。
コロナに関しては終息なんてまだまだ程遠いし、何をもって終息とするのかもよく分からない。そしてコロナショックで落ち込んだ世界経済が回復するには更なる時間がかかる。
5年…10年…そういう単位だと思う。
世界が回復したとしても、日本は今よりもひどい状況になっている可能性が高いと思っています。コロナ以前から「オリンピックで日本が終わる」なんて言われていました。国民の人口が減るのでまぁ仕方がない。
そんなこんなで、経済に何か期待をしても空しい世の中になるでしょう。
皆さんどう思いますか?辛いです?悲しいです?怖いです?
私は正直、経済がどうのこうので、感情が動くことがありません。お金にあまり興味がありません。お金の増減と幸せの増減はキッカリ分けて考えています。
そして幸せのハードルを下げるように心がけています。
以前ツイートしたのですが、日本人が幸せと感じる要因は自己決定でした(https://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/18090006.html)。
所得、学歴、人間関係、よりも自己決定ができることが一番幸せだったそうです。だから常に自己決定ができる状況に自分を置くことが大切です。違う言い方をすれば【重い病気】にならないことです。重い病気には食事制限、移動制限などさまざまな制約が出てきます。なので未然に防ぐことができるものであれば、対策をしましょうね!
あ、でも大事な話はここから。
幸せを感じる要因は自己決定なのであれば、自己決定が出来てないと不幸を感じると言い換えれるのでは?自己決定ができない状況は生活の中で沢山あるかと思います。やりたくもない事をやらされる事は沢山あると思います。
これは確かに不幸です。
しかし、考え方を少し変化させるだけで自己決定した側に回ることは可能です。
例えば上司に訳の分からない…本当に何のためにやるのか…意味不明な仕事をやらされることあるとしましょう(たまにありますよねw)。
この場合、上司に主体性があり、それを実行する部下には決定権はないようにみえます。決定権は完全に上司のもので、部下は仕方なく実行するようにみえますがそうではないです。
部下は仕方なく実行していることは間違いないです。仕方なく実行しているので、自分を状況にまかせて自由な状態で自己決定し放題なのです。
もっと簡単に言えば部下は流れに身をまかせているのです(/・ω・)/
身をまかせる決定をしているのです(/・ω・)/
反対に上司はこの仕事を実行しないといけない欲に雁字搦めで身動きがとれません。でもこの上司ももしかしたら流れに身を任せているのかもしれません…
上記の【自己決定俺がしてるけど( ・´ー・`)ドヤァ理論】を駆使すると幸せのハードルは下がります。
辛いことがあったら思い出してみてください(:D)┓ペコ
おやすみ。
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