バグダッド - 古き良き時代の世界の町へ 第6回

バグダッド - 古き良き時代の世界の町へ 第6回

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チグリス川とユーフラテス川が最も近よっている地点、そこにバグダッドと呼ばれる小さな市場(スーク)があった。現在のイラク共和国首都の1200年前の姿である。『千夜一夜物語』が讃えた黄金の街を巡る。

アッバース朝カリフ、アル・マンスールがチグリス河畔の寒村にすぎなかったこの地に壮麗な新都、マディーナ・アッサラーム(平安の都)を造営したのは762年のこと。以来1258年にモンゴルのフラグハンが侵入するまでの500年間、バグダッドはイスラム文化の中心として栄えた。

そのバグダッド爛熟期のカリフ、ハルーン・アル・ラシッドの妃で『千夜一夜』にも登場するゾベイダの墓、と伝える廟もある。バグダッド駅裏、八角形の基壇上に立つ蜂の巣状の塔がそれである。

“カリフのモスク”は10世紀初頭に建てられたのを13世紀に修復したもの。レンガで作った32メートルの尖塔へ登ることもできる。世界で最初の総合大学だった “ムスタンシリヤ神学校” は1232年の建物。科学実験室や80万冊の蔵書があったが、モンゴル軍に焼き捨てられてしまった。

近くの“アッバース朝の宮殿” は、アッバース朝末期の神学校の跡。レンガ作りの室内は今、イスラム美術品の博物館になっている。中庭に面した漆喰いの飾りは、良き時代のバグダッドをいまに伝えるものだ。

町の北西8キロには、 “カディマイン大聖廟” がある。シーア派の聖人(イマーム)を祀った廟で、金色に輝く大ドームと、同じ金色の4本の尖塔がそびえている。

タクシーで30分の郊外にある “クテシフォン” は、ササン朝ペルシャの首都の跡。ササン朝のシャプール1世(在位241〜272年)が宴会場として建てた日干しレンガの巨大なアーチが残っている。

世界の物産が集散したスーク

あの「アリババと40人の盗賊」が白いターバンを巻いて雑踏のなかを往来しているのではないか──。バグダッドの市場にはそんな雰囲気が残っている。かつてはインド、東アジア、アフリカとまで交易し、世界中の物産がここに集まっていた。

ムスタンシリヤ神学校近くのアル・サファフィル市場は銅器や金銀細工が多く、シルクマーケットはもちろん絹織物のすべてをそろえる。シュダ橋わきのショルジヤ市場には金銀細工の店やブティックが並び、夕方になるとOLや黒いチャドルの女性たちでにぎわう。

ラシッド大通りは長いあいだバグダッドの中心街だった。道の両側の歩道に円柱で支えた屋根が続き、暑い日射しをさけながらウインドー・ショッピングが楽しめる仕組みである。

新しい中心街はサドン通り。旅行者向けのホテルやレストラン、各国の航空会社の支店などがたち並ぶ。人々の姿も西欧風だ。

歩き疲れたらチグリス川東岸のアブ・ナワス通りにそった公園へ。『千夜一夜物語』を王に語り聞かせたというシエーラザード姫の銅像や、バラの花壇に囲まれた白いカフェ・テラスなど、夕日が川面を染めるころ、チグリス川で獲った魚をたき火で焼く “マスゴーフ” の店が開く。チグリス河畔は恋人たちの遊歩道でもある。

(TEXT by 黒木純一郎)

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早稲田企画制作『シルクロード 旅をする本』(朝日新聞社、1979年刊)からの転載です。文章は適宜、加筆修正しています。記事中で紹介している写真は「フォトライブラリOLDDAYS」でフルサイズ版を購入できます。

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