カラチ - 古き良き時代の世界の町へ 第3回

カラチ - 古き良き時代の世界の町へ 第3回

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イスラマバードに遷都されるまでは、パキスタンの首都だったカラチ。19世紀のなかごろまでアラビア海に面した寒村にすぎなかったが、1947年の独立後に首都となると、人口が急激に増加し、パキスタン最大の都市となった。

町の中心、クラブ通りやザーブン・ニナ通りには近代的な白いホテルやショッピング街がつづいている。町には青々とした街路樹が茂り、公園も多い。しかし、ペシャワールやらホールと違って、町には歴史的な建物や遺跡は少ない。

まず、市街の北東にあるアリ・ジンナーの廟“マザール”へ。ジンナー(1876〜1948年)は、第2次大戦後、パキスタンのインドからの分離独立を主張して、“建国の父”として国民から尊敬されている。総大理石作り丸屋根の廟は小高い丘の上にある。日本から贈られたブルー・タイルが天井を飾り、棺上のシャンデリアは中国製である。

この廟からタクシーで南に15分ほど走ると、ディフェンス・モスクに着く。巨大な丸屋根の新しいモスクで、内部には柱が1本もない。音響効果を考えて設計してあり、中央にたって小声で話しても、声はこだまして館内どこででも聞こえる。

観光的な見どころの少ないこの町では、パキスタン国立博物館もゆっくり見学できる。モヘンジョダロからの出土品は圧巻である。

「丘の上市民公園」から海岸へ

カラチ国際空港へ通じるファイサル通りから脇道へそれて坂道を登ると“カラチの屋根”と呼ばれる「丘の上市民公園」に着く。

ブーゲンビリアやハイビスカスなど南国特有の花々が四季を通して咲き乱れる美しい公園である。園内の木陰には、ソフトクリーム屋が並び、芝生には観光客相手の猿まわしがいた。夜は星空の下で、アラビア海の潮の香を含んだ涼風をうけながら、屋外レストランで食事をとる人々も多い。昼夜を問わずこの公園は市民の憩いの場だ。

アラビア海に面したクリフトン海岸へ通じる広い道に、緑の並木が続く。海岸入口にムガールふうの建物が見えてくる。建国の父ジンナーの妹で、兄とともに一生をパキスタン独立運動にささげたファーティマの住んだ家である。彼女の清潔な生き方をパキスタン女性は誇りに思い、その建物をファーティマ宮殿と名づけた。

この建物に近い、小さな丸屋根つきホールは、イギリス統治時代のもの。いまでは絶好の休憩所だ。海水浴場にもなっているこの浜辺には、観光ラクダが待っていて、御者が「海をバックに記念撮影をしないか」と呼びかけてくる。

(TEXT by 黒木純一郎)

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早稲田企画制作『シルクロード 旅をする本』(朝日新聞社、1979年刊)からの転載です。文章は適宜、加筆修正しています。記事中で紹介している写真は「フォトライブラリOLDDAYS」でフルサイズ版を購入できます。

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