グラナダ - 古き良き時代の世界の町へ 第5回

グラナダ - 古き良き時代の世界の町へ 第5回

万年雪を頂くシエラ・ネバダの山々を、遥か彼方に望むアンダルシアの古都グラナダ──イスラム王朝の宴の跡……。アフリカの砂漠から地中海を渡って来たアラビア人は、その幻想的な宮殿を無数の花園と噴水で飾りました。光舞う中庭で偲ぶ、遠き日の千夜一夜物語。

砂漠の民の情念が造りあげた地上の楽園

金色の光が、12頭の力強い獅子の支える噴水の滴に、戯れ、舞っています。アルハンブラの宮殿の中でもっとも美しいといわれる、ライオンのパティオです。

四方を囲む、124本もの大理石円柱とアラベスク文様のアーチが綾なす幻想の世界に、目が眩みます。

ここはイスラム王のハレムでもあって、林立する円柱の奥には王の広間、その2階には愛妻たちの小部屋が。

光に満ちた回廊に佇んでいると、薄絹をまとって憩う愛妾の肢体や、美酒に酔いしれる王の姿が蘇ってくるかのようです。

しかし、この世は “無情” 。変わりやすく、はかない。

ライオンのパティオの南に面したアベンセラヘスの広間の天井画は、王朝末期の悲史──国土回復(レコンキスタ)に立ち上がったキリスト教徒軍と内通した罪で、重臣一家が皆殺しにされた場面を描いています。

そして、この虐殺を行った王自身は、260年余にわたるグラナダのイスラム王朝の、最後の王となりました。1492年1月2日未明、カトリック両王──イザベル女王とフェルナンド王の軍旗が、宮殿の空に翻ったのです。

アンダルシアの光と影を語り続けるアラベスクの宮殿で

アラヤネスのパティオを抜けて、コマネスの塔に入ります。内部は精緻なアラベスク文様でおおいつくされた大使の広間です。

鍾乳石飾りのアーチを持つバルコニーからは、ダロ川の深い渓谷を隔てて、白い家々の連なるアルバイシンの丘が。キリスト教徒の国土回復が進むにつれて、追いつめられたイスラム教徒の最後の逃げ場だった地区です。

その右手には、ジプシーの住む “聖なる山” サクロモンテの丘が続きます。

自分たちの楽しみのために踊った情念のフラメンコは洞窟の中のタブラオ(フラメンコを見せる居酒屋)で旅行者に公開され、夜毎、賑わっているのですが、日中の丘は、まだ静まり返っています。エキゾチックで、雄大な景観です。

ふたつの丘を、イスラム王朝の宮殿を駆け抜けた同じ風が吹き、同じ太陽が白い家々を照らし出しています。

人の世は移ろえど変わらないのはアルハンブラの美しさ

4つの主要部分──断崖絶壁の上に築かれた城塞アルカサバ、宮殿・王宮を意味するアルカサル、カルロス5世宮殿、そして夏の離宮ヘネラリフェから成る広大なアルハンブラ。

ここを訪れて絶対に見逃せないのは、この宮殿とヘネラリフェです。

バルタルの庭園からそのまま城壁沿いに進み、橋を渡ると糸杉の道が自然に離宮へと導いてくれます。野外劇場の辺りでは、糸杉の合間からシエラ・ネバダの山々がくっきりと。

ヘネラリフェの圧巻は、このシエラ・ネバダの雪解け水をふんだんに使ったアセキアのパティオです。

44メートルもの細長い泉の両端から無数の噴水が飛沫をあげ、その水音はタルガの名曲『アルハンブラの思い出』を奏でているかのよう。パティオの端にしつらえた東屋に、ベンチが置かれています。

ジャスミンやオレンジなどの花の香りに包まれてここに座り、水音に耳を傾けていると、ここでは歴史という長い時間が凝固してしまったかのように感じられます。

砂漠の民の水と、花園と果樹園への憧憬が築きあげた楽園を、これまでどれだけの人が思い見たことでしょう。かつてこの地に佇んだ随筆家アリソンは、こう書きました。

『一度グラナダを訪れ、その後数年あるいは数十年してグラナダを訪れても、グラナダは変わっていないであろう。ただひとつ変わったのは、自分のなかを流れた歳月だけである……』

イスラム王朝を滅ぼし、コロンブスをアメリカ新大陸発見の航海へと送り出し、スペインの黄金時代をもたらしたイザベル女王とフェルナンド王は、グラナダの旧市街にある王室礼拝堂で静かに眠っています。

アルハンブラからゴメレス坂を下って、カトリック両王の棺にお参りをすませたころには、太陽が西に傾いていることでしょう。ヌエバ広場からタクシーを時間借りして、アルバイシンのサン・ニコラス教会へと向かいませんか。そこは、アルハンブラの宮殿を最後にもう一度思い見るのに、最高の場所だからです。

教会脇の広場には、夕べの散歩の人々や行者が集まっています。アルハンブラは、アラビア語で “赤い城” の意味。夕陽が宮殿を朱に染め上げ、やがて地平線へと沈んでいきます。家路につく人々の間に「アディオス!」の別れの言葉が……。

(TEXT by 黒木純一郎)

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早稲田企画制作「ESPOIR」2003年10月(ファンケル)からの転載です。文章は適宜、加筆修正しています。記事中で紹介している写真は「フォトライブラリOLDDAYS」でフルサイズ版を購入できます。

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