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はじめてのアメリカ、桃鉄USA

逆にはじめての桃鉄もUSAだわ。どうも、神山です。

全然桃鉄の記事じゃないです。明日の昼間からやるZOOM読書会のメモ記事です。なんてひどい・・・。

本書は、導入、序論、第一部、第二部、終章という構成をとっている。導入[…]では、デューイの知的自伝を描き、なぜ「宗教」や「デューイ」を扱わねばならないかを論じる。序論[…]では、『ある共同体の信仰』というタイトルの「共同性」と「信仰」の関係に注目しながら議論を批判的に再構成し、デューイ宗教論の理論的射程を測る。第一部[…]では、アメリカ社会における近代化のプロセスを跡付け、デューイが大衆消費社会の到来を視野に収めたことに注目し、彼や同時代の知識人たちがこの社会変動にどのように応答したのかを探る。第二部[…]では、デューイが、どのようにして世俗化する近代社会において理想・信仰・想像力といった要素を再定式化したかを論じていく。[…]終章[…]では、全体を振り返りながらデューイの哲学観を掘り下げ、本書を締めくくる。(p.47-48)

と、導入の最初を引用すると、同時代の話でもなければ、あまり日本の話でもなく、「宗教」「想像力」「信仰」「理想」のような抽象的なフレーズも目に入り、めちゃくちゃ難しい本に見える。

勿論、安易な本ではないです。ひいひい言いながら前日になっても読み、記事を書いています。しかし、この月末読書会はハードルを低く、読まないでも買わないでもいい(著者を呼ぶのに買わないでもいいって言うのはどうなんだ)という会を(僕は)目指している。そこで、どういう箇所に目を向けると読みやすくなるか、という話をかくことにしました。うん、これ、レジュメじゃないですね!!!

これはキノの旅を読み始めた頃に覚えた技ですが、まずあとがきから読むというのがわりと人文書では有効です(個人の感想です)。というわけで本書のあとがきを開いていくと、

[…]私は昔から退屈するのが怖かった。小さい頃、テーマパークやその他の外出でも、移動時間や待ち時間の退屈を嫌がって帰りたがっていたらしい。[…]この本を書きながらずっと頭に置いていたのは三人の漫画家だった[…]論文や書籍が出ると、親や兄夫婦に時々送っているのだが、「一応見てみたけど、正直ようわからん」と言われたことがある。「ようわからん」ことを私が続けるのを鷹揚に認め、心配しながらも応援してくれた。[…](p.349-350)

と、先程の導入とはうってかわって、筆者が近い存在な気がします。もう一ページめくると、参考文献一覧の最後のページが目に入ります。すると、ここにもあとがきに出てきた漫画家の名前がど真ん中にあったりします。「えっ、参考文献なの」という驚きがあり、人名索引をひくと、書籍のど真ん中などに漫画家が出ていることがわかります。…理想的な(進研ゼミ的な)発見シミュレートですが、近い発見があったことは事実です。

本書の書き口は硬く、テーマもひとことで捉えがたいものであるにも関わらず、本文中や脚注のなかでオンタイムで具体的なワードが散りばめられています。たとえば「最果タヒ(p.83:脚注)」「Detroit: Become Human(p.83:脚注)」「スターウォーズ(p.153:本文)」「サピエンス全史(p.199:本文)」「ヤマシタトモコ(p.277:脚注)」など。

このように、全体を読めない中でも(本題とはつよく結びついていないかもしれないとはいえ)知っている単語があること、どこかで出てくることを知っている状況を先につくることは難解な本を身近にする方法のひとつです。

ひとまず導入は、デューイの歴史などについて斜め読みしていきます。桃鉄USAをプレイしていたので、なんとなく地図上の位置がわかるくらいですが、とりあえず読み進めていきます。「3-3 時代の集合知のような哲学者」というところで、なるほどデューイはめちゃくちゃ本を書いており、しかもいろんなひとへ影響を与えるだけでなく、与えられながら思想を形成していったこと、だからこの本もデューイとその著作だけではなく、彼に関わったひとのことが書かれているんだな(さっき人名索引も読んだので)と思います。

そのまま序論も読んでいきます。読みました。理解しているかは置いといて。はて、ここまで読んでだいぶ難しそうだな、という感じなので、いったん第一部第二部を置いといて、終章に飛び込んでゆきました。

このようにして、ひとまず筆者ことやポップなフレーズを拾って気楽になりつつ、本書の出発点と到達点を押さえたという建前をもっておいて、さてもう一度頭から読む、ということをいまやっているところです(第一部が終わりました)。

がんばるか~

ではでは。

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