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文献学と思想史学に関する文献リスト

某所の勉強会宛てに回したメールをこちらにも転載しておきます。
勉強会の具体的な情報については伏せますが、これを敢えて公開する理由は、少しでも多くの方に文献学と日本思想史学の関係にお気づきいただけるかと思うからです。
それだけ高精度の文献リストであると確信しております。

特定されないように配慮の上、公開させていただきます。

この某勉強会の課題図書は竹村英二『江戸後期儒者のフィロロギーー原典批判の諸相とその国際比較ー』思文閣出版、2016です。

https://www.shibunkaku.co.jp/publishing/list/9784784218387/

以下転載

文献リスト①~⑤

お世話になっております。■■大学大学院の■■(枯野)です。
竹村英二『江戸後期儒者のフィロロギーー原典批判の諸相とその国際比較ー』 は偶然にも書架にあり読了しておりましたので、ご紹介いただきました勉強会に参加を希望いたします。

同著には序論にてフィロロギー(ドイツ文献学)と村岡典嗣による日本思想史学の成立に関しても言及があり、日本思想史学を「思想史」的に捉える上ではきわめて見通しがよい良著であると存じます。

私は『■■■』とそれを研究するためのフィロロギー(文献学)を専門としておりますので、蛇足とはなりますが、参加をご希望なさる方にむけて同著をよりよく理解するための参考書リストを記載しておきます。

【参考文献リスト:5冊】
(1) アンソニー・グラフトン『テクストの擁護者たち 近代ヨーロッパにおける人文学の誕生』勁草書房、2015
竹村氏の問題意識を形成した書物の一つ目です。アンソニー・グラフトンは西洋ルネサンス思想史の泰斗で、1991年刊行の同著によって西洋思想史学の画期を形成したと評価されており、その影響下で誕生した研究書は膨大とされています。同著では中世思想からルネサンスを経て人文主義が形成される過程を描いていきます。行きつく先はドイツ文献学の祖であるフリードリヒ・アウグスト・ヴォルフの『ホメーロスへの序説』の成立とその再評価です(グラフトンは『ホメーロスへの序説』をラテン語原文から英訳していたりもします。)。ドイツ文献学はギリシャとローマの古典古代を対象とした学問ですが、その理論はヴォルフの教え子であるアウグスト・ベークによって理論的に大成されました。

(2) ベンジャミン・A・エルマン『哲学から文献学へ 後期帝政中国における社会と知の変動』知泉書館、2014
竹村氏の問題意識を形成した書物の二つ目です。1984年に刊行された同著は「文献学から哲学へ」転身していったニーチェに着想を得て、17~19世紀にかけての中国経書解釈史を宋明理学(哲学)から清朝考証学(文献学)への解体(?)の流れで描写していきます。思想史学の模範とも呼べる筆致と分析方法で、きわめて良著であると思います。

(課題図書について)そのうえで比較対象となるのが、(1)で紹介したアウグスト・ベークの『文献学的な諸学問のエンツィクロペディーならびに方法論』(邦訳、安酸敏眞『解釈学と批判』知泉書館、2014)です。

(3) アウグスト・ベーク『解釈学と批判 古典文献学の精髄』知泉書館、2014
この書物はベークの文献学の(門人による)講義ノートをもとにした『文献学的な諸学問のエンツィクロペディーならびに方法論』の抄訳ですが、ベークの文献学と解釈学の体系を詳細に知ることができます。日本思想史学とのかかわりでいえば、同著は夏目漱石と同じ船でドイツに渡った芳賀矢一によって日本に輸入され、彼の素養であった国学と統合されました。ベークの文献学の体系と理論は彼が教授を務めた東京帝国大学と、彼が学長を務めた國學院大學において近代国文学の成立に直接的な影響を与えただけでなく、國學院大學での講演録「国学とは何ぞや」を通して村岡典嗣『本居宣長』と彼の日本思想史学の成立に決定的な影響を与えました。日本思想史学の研究者として必読の書であると個人的には思っております。

(4) 安酸敏眞『歴史と解釈学―《ベルリン精神》の系譜学―』知泉書館、2012
ヴォルフからベークに引き継がれた文献学を、ヴォルフ&ベークの師であるシュライエルマッハーに端を発する解釈学の側面から思想史的に活写したのがこの本です。安酸氏はフンボルト大学ベルリンを舞台とするシュライエルマッハー→ヴォルフ→ベーク→ドロイゼン→ディルタイ→トレルチの解釈学上のエートスを「ベルリン精神」の系譜と呼び、それを「ロマン主義的解釈学」に過ぎないとして批判したハイデガーやガダマーの言説への再考・再検討が必要であると論じています。我々とのかかわりにおいては、村岡典嗣が具体的にどのようにしてベークの文献学を摂取し日本思想史を形成したかについて、同著はおそらく最も詳細に説明している書物であると考えられます。

(5) 曽田長人『人文主義と国民形成 19世紀ドイツの古典教養』知泉書館、2005
上記(1)、(3)、(4)の歴史の文脈と背景を読みこむにうってつけの良著です。

以上、冗長になりましたが、上記を以てこの勉強会の魅力が伝わればよいと思います。
上記は思想史学を当事者として真剣に考える上で外せない本であると確信でき、個人的には強く推奨します。
ここで紹介した5冊を読みこめばフィロロギー=文献学(と思想史のかかわり)についてはおおむね最前線に立つことができるかと存じます。
この内容の拡散などはぜひお願いいたします。(←それをnoteでやってしまいました、枯野注)

■■大学大学院博士課程後期
■■■■(枯野)

転載終わり

このメールに関して追加で古代~中世の文献学の推薦書について問い合わせがあったため、以下の回答をいたしました。

再び、以下転載

文献リスト⑥~⑩

先のメールで紹介した(1)~(5)の書籍はいずれも第一級の選り抜きの良著で、絶対にはずれはございません。

古代~中世についての(文献学に関する)本についてのお問い合わせですが、いろいろと考えた結果、以下の回答が可能かと存じます。ご参考までに。
勉強会に参加を検討している学生の参考にもなるかもしれませんので共有させていただきます。(←それをnoteでやってしまいました、枯野注)
ただし、この辺りになると思想史との関係性は薄れてきます。

(6)久保正彰『西洋古典学入門 叙事詩から演劇詩へ』ちくま学芸文庫、2018
ギリシャ・ローマの西洋古典学の入門書です。購入するほどではございません。主にギリシャ文学などを扱っており、日本思想史との関連性は薄いですが、西洋古典文献学の雰囲気を知るには良いのではないでしょうか。また、(10)に上げる池田亀鑑『古典の批判的処置に関する研究』について重要な言及がございます。結論から申し上げますと、日本の文献学の理論研究は1941年から今に至るまで1ミリも進んでいないという指摘です。私が国文学者として専門的に見ても残念ながらこの指摘は正しいと言わざるを得ません。

(7)倪其心『考勘学講義―中国古典文献の読み方』アルヒーフ、2003
北京大学で使われていた中国古典文献学の教科書『考勘学大綱』(北京大学出版社、1987)を抄訳したものです。中国文献学のテキスト・クリティークの具体的技術が同著に網羅されている上に、中国文献学史の叙述から中国文化史あるいは思想史を描写し、しかもそれにある程度成功しているという恐るべき著作です。専門性は高いですが、当研究室には儒教を専門とする学生が多いので、手に入るのであれば入れていただけると良いかと思います。この本は(1)~(5)の次あたりに推薦いたします。ただし近年発掘された文献に関しては当然ながら言及がないので、多少陳腐化しているところもございます。

(8)小川剛生、日本史リブレット78『中世の書物と学問』山川出版社、2009
慶應義塾大学が誇る天才国文学者の小川剛生氏の本です。一般向けに一般書かれておりますが、中世~近世日本の学問、あるいは文献学に至るまでの概説としては見通しが良い本であり、かつ読みやすいです。書架に空いている場所があればご検討ください。

(9)小倉孝保『100年かけてやる仕事 中世ラテン語の辞書を編む』プレジデント社、2019
出版社を見てお分かりかと思いますが、学術書ではなく、新聞記者による一般向けの、あるいはビジネスパーソンに向けたノンフィクション書籍です。要するにビジネスパーソンが好奇心から文系の仕事を覗き見る感じの本です。しかし、文献学の現場の雰囲気を伝えることにかけては群を抜いております。購入するほどではございませんが、ご興味があれば。

(10)池田亀鑑『古典の批判的処置に関する研究』岩波書店、1941
戦時中の1941年に刊行されたものではありますが、日本における文献学の理論研究書としては“最新の”本です(つまりそれほど遅れているということです。)。写本の身元が比較的はっきりとしている平安時代の『土佐日記』を例にとって、芳賀矢一がもたらしたドイツ文献学流のテキスト・クリティークの技術の具体的実践を説明した本として有名です。日本文学の研究室にはさすがにあるかと思います。専門性が高いうえに古書でしか手に入りません。

あとは『校本萬葉集』の首巻ぐらいしか思いつきません。

おそらく紹介できるものは以上です。ご参考までに。

■■大学大学院博士課程後期
■■■■(枯野)

令和三年三月二十二日 恥をしのんで 枯野 記

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