ショスタコービッチの側脳室下角にドイツ軍の爆弾の破片がはいっているという説について・・・


 脳神経領域のエッセイストであるオリバー・サックスの本を読んだことのある方も多いと思います。音楽領域についてもMUSICOPHILIAという本が刊行されており日本語訳もあったとおもいます。その中に音楽幻聴についての一章があり、ショスタコービッチがレニングラード包囲中にドイツの爆弾に被弾し後に脳の中に金属がうまっているのがみつかり音楽幻聴を呈していたという註記があるのが頭にのこっていました。
 この話はまあそんなものかと自分の中では放置していたのですが、最近発行されたSYMPHONY for the CITY of the DEAD by M.T Anderson(2015)のfables, storiesという章にそれなりの量の記載があり、参照元が1983年7月10日号のニューヨークタイムズのMusic view:Did Shostakovich Have a Secret? By Donal Henahan であることを知ることができ、あらためてサックス氏の本にもニューヨークタイムズ1983と引用元がしめされており、今のウェブアーカイブの時代ですので、簡単にみつけることができました。さらに元の論文とされる、Wang, Dajue “Shostakovich: Music on the Brain?”Musical Times 124(1983) 347-8にたどり着けました。
 さて、読んでみると、Dr. Dajue Wang is a neurologist from Beijing, Chinaと右上に記載されており、神経内科医としてはまずそこが嬉しいです。30年前にソ連からきた有名な脳外科医がいっていた話でとくに作曲者の名前は直接はいっていないんだが、のようなかなり曖昧な語り口。その脳外科医(有名らしいが名前は言及されていない。)が語るところによると・・
 
 戦争が終わった後一人の患者さんがやってきて、一目見ただけでもっとも著名な作曲家だとわかった。普通に予診をとったあと何が問題なのかときいてみると、頭の中に金属がはいっていて除去したらいいのかどうかとおもっていると。それは悪くはないとはおもったが一体どうしてそんなことになったのか。戦争中自分は包囲された都市にいて、爆弾が近くの通りで爆発したときに怪我をした。当時は医療がたいしてなくてあとになって金属が発見されたと。
 脳外科医はX線科に患者にいってもらってその破片がどこにあるかチェックをした。数分後まだ現像したてでぬれている写真を調べた。すぐに破片が脳の奥深くにあるのがわかり、確かに取った方がいいと感じた。わたしはそのことを彼にいあったが、かれは納得してないようにみえ私のアドバイスに躊躇しているようだった。彼はその理由をついに明らかにしたのであるが、破片がそこに入ってから、頭を一方にかしげるたびに音楽が聞こえると。メロディーにみたされるーいつも違うメロディーー作曲字につかえる。頭を元の位置に戻すと音楽は直ちに止まるのだと。
 私は彼をX線科にもどして今度は蛍光板の前にきてもらった。スクリーンには彼の頭蓋骨の輪郭がみえその中に金属がみえた。彼に頭を彼のいうように動かしてもらうと、スクリーンでは確かに金属が脳の中でうごくのがみえた。動きの方向からそれは左側脳室下角、まさに聴覚に関係している頭の部位にあったのだと。
 私はそのようなケースを診たことはなかったのでどのようなアドバイスがベストかはっきりしなかった。それでこの問題を上級医(軍の外科将校で我が国の指導的脳外科医)に持って行った。かれはX線写真をみて熟慮の上、そのままにしておくことを勧めた。結局、ドイツの爆弾は音楽を創作するのに助けになっているならそれはいいことだからねと、にっこり説明した。
という話だそうです。Wang氏も半信半疑で考察しています。
 一方でAndersonの著書からはショスタコービッチがレニングラードで怪我したという話はないし、7番の伝説を最大限に利用したソビエト連邦の新聞もなにもいっていない。もしそのようなことがあったならプロパガンダには大変有用は逸話だったろうと。
 論文にはRonald Hensonというneurologistがコメントをよせており、結局のところは真実はわからないしモスクワも情報公開しないだろう。もうなくなってしまった私の親友である著名なアメリカのneurologistがモスクワにこのケースについてよばれて調べたがなにもわからなかった。一般的にはかれは脳卒中だったのではと信じられているとしています。
 結局ソ連の脳外科医もコメントをしたアメリカの上級神経内科医も匿名でよくわからない話です。
 誰がどう真実をかたってたのかよくわからないソ連の時代、いろいろな情報がプロパガンダや噂やフェイクニュースやトラップでつかわれていたのでしょう。ショスタコービッチは症候性頭位性側頭葉てんかんにされたりALSの疑いもあったりして神経内科医にとっても興味尽きない作曲家です。
 追加情報などありましたらおしらせいただけると幸甚です。
ざっくばらんに書いていますので適宜修正します。明らかな間違いなどありましたらご指摘いただけるとありがたいです。

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