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緒山まひろで学ぶ戸籍変更

*フィクションレベルです。


まえがき

 皆さんは、『お兄ちゃんはおしまい!』をご存じだろうか。本作の主人公である緒山まひろは、元々は成年の引きこもり男性であったが、妹の緒山みはりに謎の薬を飲まされたことによって、年齢は中学生程度に若返り、身体が完全な女性に変化した(傷害罪が成立しそうな気もするが...)、というのがおおまかなあらすじである。

 すなわち、緒山まひろは、戸籍上の表記は男性であるのに対し、実際の身体の性別は女性という状態に置かれている。とすれば、まひろが戸籍上の性別を変更したいと思った時に、その性別変更は認められるのであろうか。

戸籍法第113条による戸籍の訂正

 戸籍法(昭和22年法律第224号)第113条は、このような戸籍上の表記と実際の情報に齟齬がある場合の訂正が認められている。

”戸籍の記載が法律上許されないものであること又はその記載に錯誤若しくは遺漏があることを発見した場合には、利害関係人は、家庭裁判所の許可を得て、戸籍の訂正を申請することができる”

戸籍法第113条

 この場合、緒山まひろは性分化疾患により正常の男性とも女性ともいえず間性で生まれ、男性として生まれたが、女性的兆候が顕著となり、肉体的にも女性としての条件も具備するようになったため、戸籍の訂正を申請したとすれば問題ないであろう。

 間性の場合、戸籍上の性別変更は一般的に認められる。水戸家裁土浦支部平成11年7月22日審判では、「申立人の性染色体は46XYであり、診断書による病名は男性半陰陽であり、本来の性は男性であること、……申立人の性別自認は一貫して男性であり、男性か女性かについての揺らぎは今後みられることなく、妊孕性はないものの性器の手術等により男性としての性行動が可能であることが認められる。そうすると申立人が女性であることを前提とする戸籍の記載は真実に反するものというべきである」とした。また、浦和家裁越谷支部平成9年7月22日審判では、「申立人は、性染色体が男性型のXYであるものの、性分化の過程で異常を生じ、現在表現形式としての男性生殖器を有せず、男性仮性半陰陽に当たるものであり、ホルモン分泌としては女性としての正常値に位置し、その結果中枢神経系の機能や精神活動にも影響を及ぼし個体としては女性型へ進行しているといえる。そうであれば、申立人は女性であるというべきであ」るとしている。

 なお、緒山まひろの場合、薬の効果により一時的には、性染色体・ホルモン分泌・性器の外観が女性と同様なものになるものの、薬の効果が切れるまたは弱くなると、ホルモン分泌・性器の外観が一部正常な男性に戻る。薬の効果は恒常的なものではなく、数か月程度で効果が切れてしまうため、男性か女性かについての揺らぎがみられ、間性による戸籍上の性別変更が認められるかについては疑問の余地がある。

どっちかっていうと△

就籍の届出による戸籍作成

 では、他の方法はあるのだろうか。考えられるのは、女性としての「緒山まひろ」の戸籍を新たに作成する方法である。

 戸籍法第49条および同法52条は出生児には必ず出生届を提出し戸籍を作成することになっている。

届書には、次の事項を記載しなければならない。
子の男女の別……

戸籍法第49条

 しかし、出生届が提出されていない結果、無戸籍となっている者は、戸籍法第110条に基づき家庭裁判所の許可を得て、許可の日から十日以内に就籍の届出をすることで無戸籍を解消することができる。

 また、戸籍が作成されていると推測されるにもかかわらず、本来の戸籍が不明である者を、家庭裁判所が、二重に戸籍が作成されることになる可能性を容認した上で、就籍を許可した事例もある。
 女性としての緒山まひろは無戸籍であるため、所定の手続きを経た後に戸籍を新たに作成することは可能であるように思われる。

 だが、女性としての緒山まひろの戸籍を新たに作成することはいわば、男性としての緒山まひろの戸籍が事実上消滅する形となり、社会上混乱を招きえないし、そもそも女性としての緒山まひろがあらたに独立して誕生したわけではない。
 よって、就籍の届出による戸籍の作成も適切だとは思われない。

なし

性同一障害特例法による性別変更

 とすれば外的要因によって性別が変わったとして性別変更をすることはできないだろうか。そこで、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(平成15年法律第111号。以下「特例法」と呼ぶ。)による性別変更が可能であるか模索する。

 特例法によれば、家庭裁判所は、特例法第3条第1項各号に掲げられた要件を全て満たす性同一障害者について、その者の請求により、性別変更の審判をすることができる。ここでいう「性同一障害者」の定義は、「性同一性障害者とは、生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致しているもの」である(特例法第2条)。

特例法第3条第1項各号は、性同一障害の要件として、

 ①18歳以上であること(年齢要件)
 ②現に婚姻していないこと(非婚要件)
 ③現に未成年の子がいないこと(子なし要件)
 ④生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態であること
 (生殖腺不能要件)
 ⑤その体について他の性別に係る体の性器に係る部分に近似する外観を
  備えていること(外観要件)

を掲げている。なお、家庭裁判所に性別変更の審判を請求する際、性同一障害に係る医師の診断書の診断書の提出が求められる(同条第2項)。

 つまり、性別変更の審判請求には、特例法第3条第1項各号をすべて満たすことのみならず、第2条に掲げられた「性同一障害者」に該当する必要がある。

 性別変更の審判を受けた者は、民法その他の適用について、ほかの性別に変わったものとみなされる(第4条第1項)。また、法律の法律に別段の定めがある場合を除き、性別性別変更の審判前に生じた身分関係及び権利義務に影響はない(同条第2項)。この審判を受けた者の戸籍に記載されている者(除籍者を含む。)が他にあるときは、当該審判を受けた者について新戸籍が編製される(戸籍法第20条の4)。その際、身分事項欄には「性同一障害」という言葉が戸籍上に記載されることはない。

 先述した通り、特別法第2条に掲げられた「性同一障害者」に該当する者が、性別変更の審判請求をするには、第3条第1項各号に掲げられた要件をすべて満たす必要がある。これらの要件について、「いずれも十分な合理的根拠がある」とした東京高裁(東京高裁判平17・5・17家月57巻10号99頁)の判断があるほか、第3条第1項2号に関しては、最高裁(最判令2・3・11裁判所ウェブサイト)は「(特例法)3条1項2号の規定は、……憲法13条、14条1項、24条に違反するものとはいえない。」と、第3条第1項3号に関しては、最高裁(最判令3・11・30集民266号185頁)は「特例法3条1項3号の規定が憲法13条、14条1項に違反するものではないことは、当裁判所の判例の趣旨に徴して明らかである。」と判示した。

 しかし、これらの要件が厳しすぎるという批判がある。実際、「生殖腺不能要件」に関しては令和5年に最高裁で違憲判決が出された。最高裁(最大決令和5年10月25日民集77巻7号1792頁)は「身体への侵襲を受けない自由を放棄して強度な身体的侵襲である生殖除去除去手術を受けることを甘受するか、又は性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を放棄して性別変更審判を受けることを断念するかという過酷な二者択一を迫る」として、この生殖腺不能要件を憲法13条に違反するとし、無効とした。
 さらには、「外観要件」についても令和5年最大決の差し戻し審である、広島高決令和6年7月10日が「手術が常に必要ならば憲法違反の宇田貝があるとして報道各社に報じられた。したがって、将来的には外観要件も違憲となり、無効とされる可能性が十分にある。

 すなわち、将来的には、緒山まひろは、特例法第2条二人以上の医師の診断を受けた上で性同一障害に該当し、かつ特例法第3条第1項1~3号さえ満たせば、性別変更が可能であると考えられる。

あり

お兄ちゃんはおしまい!

 かくして、まひろは見事戸籍上も男性から女性へと変わり(お兄ちゃんはおしまいとなる)、幸せに暮らすことができる。

性同一障害特例法に基づく審判を受けた者は、変更後の性別として、変更前の性別と同一の者と
婚姻することができる(したがって、穂月もみじとの婚姻は現行法の下では不可能である)

めでたしめでたし?

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