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[未発表原稿]二十年後の自分

『人生の土台となる読書』用に書いたけど収録しなかった文章です。若い頃からずっと、桜玉吉の漫玉日記シリーズを人生の先輩を見るように読んでいる話です。

二十歳くらいの頃、桜玉吉の『幽玄漫玉日記』というエッセイ漫画がすごく好きで、将来はこんな大人になりたい、と思っていた。


この漫画の主な登場人物は漫画家の桜玉吉、担当編集のヒロポン、編集長のO村の3人だ。
このうち玉吉さんとヒロポンの二人が、いい大人なのに精神が不安定で、しょっちゅう鬱になったり、精神科の薬を飲んだりしている。そういうギリギリな人たちが集まって、なんとか企画を立てて漫画を作っていく、という日常を描いた漫画なのだ。
みんな三十代から四十代くらいで、いい年なのに、みんなすごく不安定でだめで、仕事か遊びかよくわからないようなことばかりしていて、そういうのに僕は憧れたのだ。まともな大人にはなれる気がしないけれど、こんな感じの大人だったらなりたい、と思った。

初期の頃は「アイソレーションタンクに入る」とか「原宿でグッズを売る」とかきちんとした企画が立てられているのだけど、後期になるにつれて、玉吉さんの精神状態の悪化を反映してか、ひたすら内向的な内容が増えていく。
桜玉吉は絵がとても上手くてセンスがある。ポップでかわいいキャラや劇画調や墨絵など、さまざまな画風を自由に描きこなす。
そしてこの漫画の好きなところは、その圧倒的な表現力を使って、壮大なストーリーを描いたりするのではなく、ひたすらダメな大人たちの不安定な精神状態を描き続けている、というところだ。そんな後ろ向きさに僕は惹かれたのだ。

読み物として読めるようにポップに描いているけれど、玉吉さんは漫画の中で自身の離婚やうつ病などについて語っている。
玉吉さんの漫画には、人生って大変だしつらいけどそれでもやっていかないといけないんだよな、というだるそうな感じが常に漂っていて、そこが大好きだった。
この漫画で一番好きなシーンは3巻の、玉吉さんとヒロポンが二人とも精神的に沈みきっていて、しかし連載しているコミックビームが潰れそうなこともあり、今はなんとか漫画をがんばってやっていくしかない、と話し合うシーンだ。


 「そうだよな。俺ら漫画作らなきゃ只の既知外だもんな。」
 「アウアウ」


そして、『幽玄漫玉日記』を読んでいた頃から二十年が経った。僕は当時の玉吉さんの年齢、四十歳を超えてしまった。
自分がその年代になってみると、当時『幽玄漫玉日記』に描かれていた状況がよくわかるようになった。
三十代半ばから四十くらいまでって、みんなまだあまり落ち着いてなくて、全然大人じゃなくてだめなままだし、それなりに元気はあるから、いろいろなことをやってワイワイ騒ぐ気力もあるものなのだ。僕もわりと『漫玉日記』のような感じでダメな人間を集めてワイワイ楽しく過ごしてきた。

問題はこのあとだ。
四十を超えるとやはり体もだるくなってきて、そんなに無邪気に遊んでる場合じゃないなという感じがしてくる。新しい人と会ったり新しいことを始めるのも億劫になってきた。
一方、現在六十代になった玉吉さんはどうしているかというと、今でも『漫玉日記』シリーズを描き続けている。
自分の未来の参考になるかもしれない、という気持ちもあって、玉吉さんがどんなふうに暮らしているかが知りたくて、今でも玉吉さんの本は欠かさず買い続けている。もはや義務のようになっている気もする。


玉吉さんは一時期はマンガ喫茶暮らしをしていたのだけど、最近は伊豆の山中に買った家に一人で住んでいて、ほとんど人と会わず、鹿や猿を追い払ったりムカデと戦ったりという、孤独な隠遁者のような生活を送っているらしい。
昔つるんでいたヒロポンは編集者を辞めて姿を消してしまい、O村さんももう定年だ。


新刊で玉吉さんの山暮らしの様子を読むたびに、僕も二十年後はそんな感じでどこかの山中で孤独に暮らしているのかもしれない、ということをよく考える。
僕は山よりも都会のほうが好きなのだけど、先のことはどうなるかわからないからな……。

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追記:

漫玉日記シリーズは「防衛」「幽玄」「御緩」と続いてきて、漫喫編があり、そして現在の伊豆編までつながっている。
幽玄の前の防衛の頃はかなりポップで、まだそんなに病んだところがない。みんなでしょっちゅう釣りに行っていて、それを魚星人から地球を守る防衛活動だ、と言っている。防衛の前の「しあわせのかたち」は、基本はゲームを題材にした漫画だけど、後期は防衛に似たテイストの漫画が登場してきている。
幽玄のあとの御緩(おゆるり)は、逆にすごくダウナーでうつっぽくなってしまっている。
僕はどれも好きだけど、ポップと鬱のはざまにある幽玄が、やっぱりいちばん好きなのだった。
伊豆を舞台にした最近の作品については、昔のような激しい実験的な作風はなくなり、淡々としていて安心して読めるエッセイ漫画になっている。

孤高の私漫画家として今後も書きつづけてほしい。


週刊文春に連載している『日々我人間』も、伊豆を舞台にした日常4コマだ。たまに週刊文春を読むことがあったら、玉吉さんの漫画と能町さんのコラムだけ読んでいる。


あと、ファミ通にずっとコミックビームの宣伝四コマ(毎回オチは「読もう!コミックビーム」で終わる)を書いていて、それは今も続いているらしい。コミックビーム、二十年前からずっと潰れる限界だ、という話が出ているのに、今も残っているのが本当に奇跡的だ。ずっと残っていってほしい。


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