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ハグをテクノロジーでアップデート!? グローバル展開を目指す「ハグ」の進化系とは?

アメリカ・テキサス州オースティンで毎年3月に開催される、音楽や映画、インタラクティブを組み合わせた世界的フェスティバル「サウス・バイ・サウスウエスト」(以下、SXSW)。2023年3月に行われたSXSWでは、ハグ(抱きしめ合うこと)に着目した新技術「Hugtics」(ハグティクス)を出展。Hugticsには、電通と研究者の髙橋宣裕さん、電通サイエンスジャムとともにピラミッドフィルム クアドラ(以下、クアドラ)が企画や開発に携わっています。

Hugticsは、想定を越えて現地で大好評を博すことに。SXSW 2023の出展期間(4日間)で約500名が体験しました。

なぜハグだったのか? これからの展開はあるのか?
今回は本プロジェクトの中心メンバーである電通の大瀧篤さんをクアドラへお招きして、企画・開発に一緒に携わったクアドラの2名とともに、Hugticsについて振り返ります。


メンバー紹介

左から、鵜飼陽平、阿部達也、大瀧篤さん(電通 / Dentsu Lab Tokyo)

大瀧篤(おおたきあつし)
クリエーティブ・ディレクター / クリエーティブ・テクノロジスト
大学・大学院でAIの研究と小型衛生開発に取り組み、電通入社後はプロモーション、PR領域のプランニング・プロデュースを経験。その後、クリエイティブ試験合格を経て現職。2023年よりクリエーティブ・ディレクター。「リアル体験 × テクノロジー」のクリエイティブを武器に、企業・国家事業のソリューションやR&Dプロジェクトに関わる。

阿部達也(あべたつや)
クリエイティブディレクター / ディレクションチームマネージャー
1988年大阪生まれ。栃木・岐阜・長崎・大阪と転勤を重ね、2011年より上海で就職。デジタルを活用した課題解決や価値創造におけるプランニングとディレクションを手がける。2016年に帰国し、現在は東京を拠点に活動中。

鵜飼陽平(うかいようへい)
テクニカルディレクター / インタラクションデザイナー
2016年中途入社。現状クアドラのプロトタイプを独りで切り盛り。視覚に頼らない体験を模索中。実装スタイルは使えるものはなんでも使う根無草スタイル。右投げ右打ちの右脳派。

「Hugtics」(ハグティクス)とは? 開発に至る経緯

━━最初に、「Hugtics」の概要を教えてください。

大瀧_Hugticsとは、「Hug」(ハグ)に「Haptics」(︎ハプティクス)と呼ばれる、触覚を擬似的に再現する技術という意味の言葉をつなげた造語です。

人工筋肉が編み込まれたウエア型デバイス(専用ベスト)を装着したユーザーが、圧力センサー付きのトルソーをハグすると、自分も抱きしめられている感覚を体験できます。仕組みとしては、専用ベスト経由でハグのデータが計測されて、専用ベストの人工筋肉に結果がフィードバックされます。

またユーザーには、自分の頭に「感性アナライザ」と呼ばれる脳波計測用のデバイスも装着してもらい、体験者がハグをする際の感情変化も計測します。幸福感などプラスの気持ちが計測されると、専用ベストに内蔵したLEDの色が赤から青へと変わります。

━━「Hugtics」開発のきっかけは?

大瀧_SXSW 2023出展のための開発でしたが、企画が生まれるまでにさまざまな変遷を経ています。

開発パートナーのクアドラさんには、2019年から電通が立ち上げた「Motion Data Lab」(以下、MDL)というプロジェクトに参画してもらっています。MDLは「モーションデータ」を扱うラボで、世の中のさまざまなモーションデータを集約して、多様な分野・領域における課題解決への応用を試みています。MDLでは2020年のSXSWに(別の企画で)出展予定でした。

阿部_2019年11月ごろにお声がけいただいて、2020年のSXSWに向けて準備を続けていたところ、新型コロナウイルスのせいでリアル開催が中止に……。

大瀧_SXSWは2021年も、オンラインプレゼンのみでリアル開催が見送りでした。Hugticsは、2022年10月時点で改めて、MDLの新たなモーションに着目した企画として電通社内で提案し、R&D(Research and Development / 研究開発)予算がついたのです。

なぜ「ハグ」で企画化?

━━なぜ「ハグ」だったのでしょうか?

大瀧_ちょうどその頃、僕の頭の片隅で気になっていたのが、ハグだったわけです。

社会人になって、久々に実家へ帰った時、人生で初めて母親をバックハグしました。実家でたたずむ母親の背中がなんだか小さく見えて。「随分、寂しくさせていたかな」なんて思うと、衝動的に(照)。

突然のことに、母親が驚いて。泣いているような、でも照れて嬉しそうにもする母親を見て、日本にハグの習慣はないけれど「ハグって、いいよね」と。

ハグについて調べてみると、例えば、オキシトシンと呼ばれる脳内ホルモンが分泌されて、人と人とのつながりを強めたり幸福感を味わえたり、と医学的にも脳科学的にも効果が認められています。MDLとして「最新技術でハグをアップデートできないか?」と考えたわけです。

━━ハグの計測には、人工筋肉を搭載したベストを使います。

大瀧_ご協力いただいた研究者の髙橋宣裕さんは、長年、ハグデータを計測・フィードバックする人工筋肉が編み込まれたウェア型デバイス(専用ベスト)「Sense-Roid」の開発を続けています。実は、僕の大学時代の2歳下の後輩で、彼の研究のことを思い出しました。髙橋さんにアプローチしたところ今も研究を続けているとのことだったので、私の想いと構想をもとにご相談し、プロジェクトへ参画いただけることになりました。

研究者 髙橋宣裕さん

ピラミッドフィルム クアドラの取り組みについて

━━開発パートナーとして、クアドラではどう受け止めましたか?

阿部_クアドラは、自社のプロトタイプ開発にも力を入れている会社です。MDLで積み重ねた関係性もあって、おそらく僕たちには、企画と技術の両面で期待をかけてもらっているとも感じました。

大瀧_クライアント案件ではなくR&D案件ですから、「世の中をよくしたい」といった心意気に共鳴いただけるパートナーが不可欠でした。

阿部_2022年12月にご相談を受けて、真っ先に意識したことが、“ありもの”の企画だと思われないことでした。今回の場合、ハグの技術やアイデアをベースに「新しさ」も感じさせ、「社会への訴求」につながる体験を提供したかったのです。

━━期日があり、出展スペースの制限もある。しかも現場は海外で、日本語が使えません。

阿部_出展の場合、実際にやっている人“だけ”が楽しんでもダメで、ギャラリーの人たちにも(言葉の説明なしに)パッと見て楽しさや面白さが伝わってこそ、注目もされます。クアドラでは検証用トルソーを1台用意して、脳波計や専用ベストも借りて、何度もさまざまな検証を繰り返しました。

━━今回の開発で、特に工夫したところは?

鵜飼_強く意識したのが見せ方です。

本来、さまざまな感情を取得する脳波の解析推移をそのまま見せても、複雑すぎます。そこで、解析内容は「今は(感情が)いい方向に向かっている」くらいの割り切った検知に止めました。最終的には、感情の動きを赤と青の色の変化で表現して、ベストのLEDの光が青へと変わると「体験者がハッピーな状態」だとわかる見え方で調整をかけました。

大瀧_検証通り、現場ではハグによって、ほとんどの体験者が「いい感じ」に脳波が動いてくれました。

鵜飼_机上の空論とならず、ホッとしています(笑)。

阿部_また、専用ベストの人工筋肉は、トルソー側で抱きしめられた感触のままに再現すると、非対称の反応になります。例えば、トルソーの右側に圧がかかったら、ベストを着た人間も右側が反応する。実際に抱きしめ合う状況なら、接触した箇所同士(トルソーが右側なら、人間は左側)が反応するはずですから。そこで、反応をミラーリングで表現しました。

阿部_専用ベストの「構造」にも触れておきたいです。

2枚構造で、表側が人工筋肉、その下に人工筋肉の圧力を分散するクッション性のベストを用意しています。下のベストがハグと脳波に連動して光る仕組みです。専用ベストを着た被験者がトルソーを抱くと、トルソー側の圧を検知するセンサーがベストに連動し、抱きしめ合う体験になります。

今回は量産ができないので、究極の1着を作る必要がありました。体型も年齢も性別も異なる人たちが全員大丈夫という、共通の1着の作成はとても高いハードルでした(苦笑)。

打開できたのは、スタイリスト(インナーベストデザイン制作)から、日本の着物のような1枚の合わせにして、紐の縛り具合でさまざまな体型に対応できるようにしたいという提案のおかげです。日本発のプロジェクトですし、機能的であり、東洋っぽさを醸す提案には納得感が大きく、この提案で進めていきました。

入念な準備が成功を導く

━━先ほども少し触れましたが、現地の反応はいかがでしたか?

大瀧_専用ベストは、実際にさまざまな体型のみなさんが試し、着られなかった人はほとんどいませんでした。1枚合わせは、狙い通りの結果をもたらしてくれました。1日平均30名の予測が、実際は約4倍の人たちが訪れながら、1枚で乗り切れた耐久性もよかったです。

━━現地には、クアドラメンバーが行けなかった、とうかがっています。

鵜飼_だからこそ、現地で事故が起きないようにすること、もし何かあっても対処可能な仕様にする準備に徹しました。心配の1つが、専用ベストに装着するLEDで、圧迫などで壊れやすいのは想定できたので、壊れてもすぐ誰でも交換しやすいコネクタを選ぶなど、より装着しやすい設計を施しました。替えのLEDも大量に運び込んでもらって。

大瀧_クアドラさんにはマニュアル作成とともに、現地関係者全員に事前講習会も開いてもらいました。

━━現場での不測の事態への対策は、万全にする必要がありますからね。

鵜飼_はい。加えて非日常の環境ですから、現地の通信状態がどうなるかが読めません。脳波の反応が理想通りになるかとは別に、そもそも通信環境が悪く脳波を取得できないかもしれません。通信環境が厳しい場合は、ハグ体験を最優先で考え、脳波を取得している風な“演出”で乗り切る予定でした。

現地では、ベストのLEDの色が急に変わる瞬間について、体験者に聞くと、「娘、息子とのハグを思い浮かべていた」「亡くなった親とのハグを思い出した」など、大事な人とのハグを思い浮かべたという声が多数上がった

Hugticsでの社会貢献を目指したい

━━今後をどうお考えですか?

大瀧_個々のハグをデータ化して、ハグのプラットフォームを作るというアイデアも出てきています。例えば、自分の両親だったり、大事な人とのハグを残せないか。体温のあるハグみたいな、さらに質を追求した挑戦も試みたいです。

特にメンタルヘルスへの貢献など、医療関係や福祉施設での活用の可能性を今後も強く探りたいです。例えば、病院で1人入院したまま、家族とも会えず、孤独を抱える方々に向けてできることがあるはずですから。

阿部_現状はプロトタイプですが、社会実装のフェーズへと進めていきたいですし、「手元に欲しい」と思ってもらえる人たちを増やして量産できる段階までにしたいです。例えば、専用ベストがあれば離れた人たち同士でハグが可能、なども考えられます。

鵜飼_VRとの組み合わせも相性が良さそうです。

大瀧_従来の研究開発は、1度お披露目できたら終わり、という展開になりがちでしたが、そうはしたくありません。他にも、「あの人のファンだから、憧れの人のハグを残してほしい」みたいな発想も湧いてきています。Hugticsはエンターテインメントとの相性もいいので、新しいエンタメ作りにも活かしたいですしね。

阿部_ここで終わらせず、社会実装に向けての具体化を、クアドラも一緒になって模索したいです!

取材・文:遠藤義浩

(この記事の内容は2023年8月30日時点での情報です)


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