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バレエねこ

猫が、バレエ?
そうなんです、猫も踊るんです。
「長靴をはいた猫と白い猫のパ・ドゥ・ドゥ」。

『眠れる森の美女』。
いろいろあったけれど、オーロラ姫は百年の眠りから覚め、
めでたく王子さまと結ばれます。
終幕は、二人の結婚披露の舞踏会。
おとぎ話の主人公たちも
チャイコフスキーの旋律にのって
優美な躍動を重ねます。

ルドルフ・ヌレエフが、
マリウス・プティパの振り付けをもとに
新たに振り付け演出したパリ・オペラ座バレエの舞台では
次々に繰り広げられる高度な技が人々を魅了する
「青い鳥とフロリナ王女のパ・ドゥ・ドゥ」のあと
長靴をはいた猫と、お相手の白い猫が踊ります。

ヌレエフは、猫たちの登場に先立って、二匹のために
愛らしい舞台を用意しました。侍従長の
「はい、皆さん、真ん中に集まって、集まって!」
マイムに応えた廷臣や貴婦人たちの人の輪が
ほんの少し狭まって、小さな猫たちにぴったりの
親密な空間をつくります。近くに立っていた
威厳たっぷり、おすまし侍従長に
長靴をはいた猫がじゃれに行くのも、ご愛敬。

ヌレエフは猫好きだったから、われわれ猫のことを
よく知っていてくれたのでしょう。子猫は
ヌレエフのこと、もっと知りたくなって
ある日、とうとうストーカー猫に変身しました。

20世紀を代表するバレエ・ダンサーの舞台は
DVDやブルーレイなどに収められていますし、
ドキュメンタリー作品として公開された映像もあります。
あっちこっちキョロキョロ―― そんなとき出会ったのが、
『マルグリットとアルマン』でした。

            🌼

『マルグリットとアルマン』は、『椿姫』のバレエ版。
振付と台本はフレデリック・アシュトン、音楽は
リストのピアノ作品が編曲して使われています。
1963年、コヴェントガーデンで、ヌレエフと無二のパートナー、
マーゴ・フォンテインによって初演されました。
  Margot Fonteyn (1919-1991)
  Rudolf Nureyev (1938-1993)

『椿姫』は、もともとアレクサンドル・ドュマの子息が
書いた小説ですが、1848年に発表されるや好評を博し、
戯曲になって上演されます。その舞台を、たまたま
パリを訪れていたヴェルディが観て、心動かされ、オペラに。
1853年、ヴェネツィアのフェニーチェ劇場で初演された
三幕オペラ『道を踏み外した女 La Traviata 』は、以来、
世界中どこへいっても好意的に受け容れられ(よかった!)
日本では、文楽にもなったとか。

一幕バレエ『マルグリットとアルマン』。
主人公たちの名まえこそ小説や戯曲のままですが、
筋はオペラ以上に簡素化され、上演時間は30分ほど。
主要な登場人物は、椿姫マルグリットとアルマン、
マルグリットのパトロンとアルマンのお父さんだけ。
この四人以外は、いつもは群舞を踊る男性ダンサーたちが、
夜会の場面で、出席者や召使の役を務めます。

舞台装置も、最小限。下手(しもて) に
ベッドにも寝椅子にもなる家具が一つ置かれ、
舞台奥の窓を模した格子状の枠組みと紗の帳が
照明の助けをかりて、室内と室外を分けているだけ。

幕が開くと、ベッドにひとり、マルグリット。
上手 (かみて) で主役男性ダンサーが舞う
アルマンの幻影に導かれるように、
来し方を振り返ります。

二人の出会い、パリを離れて田園で暮らした幸せな日々、
そこへ突然アルマンの父が現れて、説得されたマルグリットは
愛する人との別れを決意、パリに戻って、以前の暮らしを再開します。
何も知らずに心変わりを責めるアルマンの酷い仕打ちにも
一切弁解しないマルグリットを見た父は、深く悔やみ、
すべてを聞いた息子は、恋人のもとに駆けつけます。
けれど、すべては遅かったのです。

マルグリットは、恋人の腕に抱かれ、絶命します。
この時、女性ダンサーは男性ダンサーに支えられたまま、
腕を高く伸ばし、目線を上げます。そして脱力、舞台上に仰臥。
アルマンを演じる男性ダンサーたちは ―― 子猫が目にした限り、
悲嘆のあまり身をよじる人、恋人の目を閉じてあげる人…。

ヌレエフは、違っていました。
これから上昇していく高みを指し示して息絶えた
フォンテイン=マルグリットの動きに応えて
ヌレエフ=アルマンもまた、腕を高く伸ばし、
その方向へまなざしを向けるのです。

腕の動きに目線を調和させるのは
お稽古を始めたばかりのチビ猫でも習う基本中の基本。
男女一組のダンサーが同じ動きを見せるのも、パ・ドゥ・ドゥの通例。
すべての「約束事」は、美しく守られたまま
目前のかたちが、精神の地平を切り拓いていきます。

マルグリット=フォンテインのかたわらに
両膝をついたアルマン=ヌレエフは、
亡骸に目を落とすことはなく、
いままさに地上を離れ上昇を始めた愛する人の魂に
触れんばかりに手を伸べ、高みを指して行くその動きを
なおも目で追い続けます。踊り手のからだは、このとき
舞台の上で、不可視を可視に変えていました。
鮮烈に。

            🌼

再びパリ・オペラ座=バスティーユへ。
1999年12月公演の「長靴をはいた猫と白い猫のパ・ドゥ・ドゥ」、
白い猫を演じているのは、レティシア・ピュジョル。
白が基調のロココ風の胴着に
白いフワフワ羽飾りの小さな帽子を小粋にかぶり、
仮面やお化粧で、ことさら猫を装うことはせず、
しっぽも見当たらないけれど、
やっぱり猫。

前足でいつものようにお顔を洗い、
軽く曲げた手首に、手指は全開
爪を出して、猫パンチの準備完了。
時々、木管の伸びの良いふくよかな響きに、
大きくお口を開いて (もちろん声は立てずに)
ミャ~オ。

踊り終えてのご挨拶、
パートナーが自分にお辞儀をしているのに
そこはメス猫らしく(!)プイと横を向いて
知らんぷり…のふり。
やっぱり猫です! 

猫たちはバレエが大好き。
「猫のステップ  pas de chat」と呼ばれる
小さな跳躍だってあるぐらいですもの。

両腕を上げて、頭上で軽く交差させ
手首をクルックルッと回すと、
「さぁ、踊りましょう」の合図。

ネコもヒトも
からだは、太初の星のかけら。

白い小さな花々が照明 (てら) す
夢見猫たちの舞台で
クルックルッ
さぁ、踊りましょう、
ごいっしょに!

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