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神女の恋

深い山に棲む神女が
人間に恋をした。

屈原(前340?~前278?)による
『楚辞』中、「山鬼(さんき)」は
冥界と人間世界を行き来する
神女の恋を語る舞踊詩。

山鬼

【巫女たちの合唱】
山深く木の間がくれ
かすかに人の気配がする。
マサキノカズラの衣着て
ヒカゲノカズラの帯しめて
思いを込めて見つめ
ほほえむ。

【神女歌う】
たおやかな私に心惹かれると
あなたはおっしゃった。
赤毛のヒョウとぶちのヤマネコを連れ
かぐわしいコブシの乗り物に
結んだシナモンが私のしるし。

お会いするのがうれしくて
精一杯のおしゃれして
薄紫のウチュウラン、着物の帯には
フユアオイ、淡い花いろ合わせましょう。
あなたのもとへ続く道
森の小径で香草摘んで
愛するあなたに贈りましょう。

深い竹藪の
そのまた奥が私の住まい
昼なお暗く、お空も見えず
時の立つのもわからない。
外へ出ては来たものの
険しい道に歩みは遅い。

ようやく着いた山の頂、ただ独り
足元見れば雲湧き上がり
闇は黒々広がって
昼なのになんと周りの暗いこと。

東風が雨を呼び
やさしい春雨降ったなら
あなたと二人雨宿り
お引き留めして帰さない。

花の盛りが過ぎ去れば、私など
もう誰も振り返ってもくれますまい。
若さを保つ薬草をせめて求めて
山に入る。
山の道など厭わぬはずが
石はゴロゴロ
蔓草は辺り一面伸び放題。

あなたをこんなに思っても
お会いできない悲しみに
しばしそのまま立ち尽くす。

私を思って下さってはいても
お忙しいのでしょう、きっと、まだ。
山家暮らしの私は
カキツバタ香る
岩間の清水を掬して飲んで
マツやカシワの木陰に休む。

私を思って下さってはいても
心変わりでもしたか、と
もしや疑っておいででは?

【巫女たちの合唱】
雷鳴とどろき闇は深まる
サルたちは小声で呼び交わし
夜鳴く手長のサルまで鳴いて
さわさわと吹く風に
木々はざわめく。

【神女舞う】
愛しいお方、あなたゆえに
私の心は思い乱れる……。

       *     *     *

雨上がり、
樹々も野の草も
それぞれの香を放つ
緑の諧調。

”ねこじゃら荘”の東南
垣根をつたうスイカズラ
芳香に誘われ蘇る
人恋う山鬼、
遠い日の恋。

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               「山鬼」テクストは
               藤野岩友『楚辞』による。

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