【MPP授業感想】Politics⑤

Week 5 (Bureaucracies)

今週のテーマは官僚制であった。政治家が官僚に裁量を意図的に与えるケースとして、①長期的な政策目標へのコミットメントの担保、②政治への批判の回避があるという。正直、日本では官僚主導が悪、政治主導が善という規範が与野党、国民で共有されており、①のような視点は生まれにくいなと感じた。また、昨今の政治主導、そしてなぜか不祥事の責任は官僚が負わされるという傾向はまさに②を言い表したもののように思われる。裁量を与えられない中で責任だけ負わされるというのはフェアではないが、国民の官僚に対する信頼感の欠如が、日本における官僚の立場の低さを決定づけているように思う。なんとなく、官庁の中では、こうした状況でも文句も言わずに頑張るのが役人としてあるべき姿だという、ある種諦念に近い考え方が支配的であるように思うが、個人的には官僚の存在をもっと国民に近づけていく発信が必要なのではないかと感じる。この点、農水省のBuzzMaffは素晴らしい取り組みだと思う。個人として、官庁以外との交流を深めていくということが必要なのかもしれない。

また、Principal-Agent theoryとCredible commitment(上述の長期的コミットを官僚に任せる動き)の関係性についての指摘は興味深かった。すなわち、前者においては政治家と官僚の選好が一致していることが望ましい一方で、後者においては政治家と官僚の選好が緊張関係にある必要があるというものだ。現在日本では、内閣人事局の創設や官邸の指導力強化により、もっぱら官僚は政治家に従属するようになっているが、一方で、Credible commitmentの観点からは官僚は長期的な視点からの専門的・中立的な判断が必要だ。この論点から言えることとしては、官僚にも政治的な資質がより求められるようになっているということだろう。一見相反する2つの方向性のバランスを取りつつ、専門家集団として国益に資する提案を複雑な政治状況においても通していく技術が必要になる。ただ、近年は官邸に忖度しかしない幹部が偉くなっているようにも見えるのは気になる。彼らは政治力を持っているわけではない。また、上記の通り、官僚の持つ専門性を正当に評価する土壌が整備されない限り、Credible commitmentの観点からの官僚への委任というのは理解を集められないだろう。


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