【MPP授業感想】Evidence for Public Policy

感想(全体)

一般的な公共政策修士では統計学が必修科目であることが多いが、本プログラムでは、より広い文脈で政策立案をいかにエビデンスに基づき立案・実施するかを学ぶ標題の科目が必修となっている。EBPMの重要性をただ訴えるのではなく、現実の政策立案におけるEBPMの限界にも言及しており、非常に実用的かつバランスの取れた内容だと感じた。また、統計の細かい知識に立ち入るというよりは、政策立案に当たっての指針となる重要な考え方・見方を包括的に理解できる構成となっており、一行政官としても学びの多い科目だった。

統計リテラシー

「統計学」と銘打った科目ではないが、政策立案に向けた判断において最低限必要となる統計知識はカバーされていた。自分自身、全く統計に関する素養がないことを痛感したし、自分の出身組織でも大半の職員が同じレベルではないかと思う。こうした環境で、統計を活用しながら政策立案していくことは困難だと思うし、早晩何らかの間違いが発生してしまうだろう。近年、続発している統計不正についても、もちろん職員が悪意を持って引き起こした側面もあるだろうが、職員の知識不足も遠因になっているのではないか。確かこれまで受けた研修においては統計に関するものが含まれていなかったように記憶しているが、少なくとも総合職に対する研修では統計に触れた方がいいと思う。自分としても、留学が終わるまでのどこかで勉強する時間を取りたい。

政策立案におけるEBPM

この科目に限らず、プログラムに在籍していると感じるのは、自分が携わっていた政策立案がいかに感覚的・定性的なものであったかということだ。一般論として違和感がない因果関係を積み上げることで、政策を説明するロジックを構築していたし、時には、パズルを解くように、飛躍している2つの事象をつなぐ理由づけを考える場面もあった。EBPMには程遠かったと思うし、このままいくとどこかで間違いを犯してしまう可能性も捨てきれないと思う。

他方で、本科目で推奨されているような精度でエビデンスを積み上げるのは、日常的な業務の状況を考えると到底現実的ではない。悲しい話だが、政策の中身を考える時間よりも、政策に関する内部・外部との調整、国会対応や政策文書の協議といった作業に取られる時間の方が圧倒的に多いのが現状だ。こうした状況下で精度の高いEBPMを実現するような余裕はない。

それでは、どうすればよいのか。いくつか考えたことを記載しておきたい。

まずは、業務の効率化である。超過勤務の削減という文脈で必要性が説明されることが多い業務改革であるが、本質的ではない業務に充てる時間を極力削減し、政策立案業務に多くの時間を割けるようになれば、EBPMに配慮する余裕も出てくるはずだ。ただし、余剰時間が捻出された場合、マネジメント層の意向によっては、取り組む政策の範囲を広げることになってしまうことも予想されるので、こうした事態を避けるためには、組織全体をグリップできるような強力なリーダーシップが必要となるだろう。

次に、ナレッジの蓄積・活用である。各分野における基本的な政策のストーリーはそこまでたくさんあるわけではなく、かつ、大抵のものは短期間では急激に変動しないはずだ。したがって、こうした基本的なストーリーに関するエビデンスを蓄積しておき、これをベースにアップデートしていくことができるのではないか。また、導入されうる政策の類型(補助金、税制、規制など)も限られているので、各類型に関する過去のエビデンスや評価等を蓄積し、必要に応じて参照できるようにしておけば、限られた時間の中で精度の高い判断が可能になるのではないか。

最後に、専門家の活用である。統計リテラシーの底上げを図ったとしても、全ての職員が統計に関する専門的な知識を獲得することは難しいだろう。また、上記の取組を導入したとしても、限られた時間の中でクオリティをコントロールしなければならない場面が必ず出てくるだろうが、この判断を職員自ら下すのはリスクが伴う。そこで、省として統計の専門家を例えば外部から雇い、判断に困る場合に相談できる環境を整備してみてはどうか。法務支援室の統計版を設置するようなイメージである。上記のナレッジの蓄積・活用に当たっても、専門的な視点からアドバイスをもらえることが期待できる。(どこかの自治体が既に導入していたかと思う。)

上記のことを実現しようとすると、かなりの組織的なリソースを費やすことが必要になる。何らかの政治的なイニシアティブがなければ厳しいのかもしれないが、アイディアとしては持っておきたい。

EBPMを促進するための既存の取組

政府内では、EBPMを促進する観点から、さまざまな取組が導入されている。代表的なのは、行政事業レビューであろう。しかし、こうした取組はむしろ各省庁においてEBPMを軽視する風潮を形成してしまっているように思う。講義を受ける中で、EBPMは、特定の枠にはまったフレームワークではなく、論理的な一貫性を担保するための基本的な考え方の集合体であると理解した。また、こうした考え方を臨機応変に使っていくことで、実際の政策立案のプロセスにおいても、政策のクオリティの向上や課題の特定といった効果が見込めると感じた。しかし、行政レビューシートをはじめとした既存のEBPM関連の取組は、制度上致し方ないのかもしれないが、特定の形式に当てはめることが必要になっており、EBPMの考え方を柔軟に使いながら政策を精査していくというEBPMの効果が実感できるプロセスを経験しづらい。つまり、こうした取組を通じて、政策の中身が改善されるということが起きない。そうなると、政策担当としては、面倒な作業が増えたと感じるだけで、EBPMの価値を理解することができない。こうした経験をした人が増えていくと、組織全体としてのEBPMに対する目線も冷ややかなものになっていく。悪循環である。

ではどうすべきか。まずは、EBPMの価値を職員が理解するところからスタートすべきだろう。最終的なゴールは、特に行政事業レビューシートのような枠組みがなくても、各省庁が自然にエビデンスに基づいた政策立案作業を実施している状態だ。このゴールに到達するためには、職員にEBPMが真に役立つと感じてもらうことが必要である。研修やワークショップを通じて、政策立案作業への採り入れ方を学んでみるとか、トップダウンで幹部が政策を詰める際のツールとして使ってみるとか、さまざまアプローチはあるように思うが、こうした方向性の取組が有効だと思う。

また、EBPMへの十分な対応ができるような体制の構築も重要だろう。上述のとおり、各省庁は忙しすぎて日常的にEBPMを実践することが困難な状況になっている。この状況を変えることなしに、行政事業レビューシート等の追加的な作業を各省庁に課すのは逆効果だろう。急がば回れ、ではないが、本質的な解決を目指すのであれば、業務の効率化や取捨選択、体制の増強といった対応を取るべきだと思う。



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