【MPP授業感想】Digital Transformation of Governments①

選択科目は2つ受講できるのだが、直近の記事で紹介したHousing Policyに加え、Digital Transformation of Governmentsを受講している。政府におけるデジタル化がどのような場合に上手くいき、どのような場合に失敗するのかについて、各国の事例を見ながら分析を深める科目となっている。

Week 1: Core concepts

行政組織の運営に関する考え方は、ウェーバー的な伝統的官僚機構(前例主義、専門的知見、独立性)に始まり、New Public Management(細分化、競争、インセンティブ)を経て、現在はDigital Era GovernanceやNew Public Governance(ネットワーク、メタガバナンス、分散型統治)に至っている。もちろん、それぞれの考え方は併存しうるものであり、そのコントラストが時代を経て変わってきたという趣旨だ。

NPMはいわゆる新自由主義的な思想だ。日本は欧米における取組(公的機関の民営化等)を遅れて導入しており、まだNPMのパラダイムに留まっているように思う。他方、欧米においては民間の関与が却って費用増に働くなどNPMの限界が見えてきている。つまり、こうした取組の実際の効果を確認できる時代になっているわけなので、無批判に欧米を模倣するのではなく、その実績を含めて慎重に吟味する必要があるだろう。

DEGにはいくつかの段階があるが、第1・2段階のポイントは「統合」、「ニーズに基づく全体主義」、「デジタル化」である。NPMが行政実務の広がりや複雑化による集権的な支配の限界を意識した思想であるのに対し、DEGはデジタルテクノロジーの活用により再び行政組織を統合していくスタンスをとっている。DEGへの移行に当たっての日本の官僚機構における課題は、組織構造とこれに大きく影響を受けるコミュニケーションのあり方だろう。例えば、業務の連絡系統を1つ取っても、連絡手段が対面/メールからチャットに置き換わることで、理論上は意思決定の権限を持つ者が含まれるチャットに情報を入れるだけで足りることになるが、上位下達の伝統的な組織構造や仕事の仕方が改まらない限りは、1階層ずつチャットで伝達していくという非効率な方法になりかねない。デジタルツールの恩恵を最大化できる形で組織をリ・デザインするという視点が必要になってくる。しかし、伝統的な官僚機構からNPMへの移行に比べて、NPMからDEGへの移行では劇的な再編が必要になると思われ(かつ、どのような形が効率的なのかいまいちイメージが湧かない・・・)、その道のりは険しい。

DEGの第3段階では、DSAI (development of data science and AI)を最大限活用した政策立案能力の向上、DSAI に整合的なオペレーション手法であり、小売業界で発展したICDD (intelligent centre/devolved delivery)による効果的な政策の実行がキモとなる。前者に関して言えば、DSAIを扱うためのハードインフラ、人材や知見が圧倒的に不足している。また、ICDDについては、国・自治体の垣根を超えた集権化が必要であることから非常にハードルが高いだろう。

DEGへの対応については、その段階を問わず、上述の組織構造の問題に加え、スキルセットと財政的な制約がハードルになってくるだろう。DEGにおける行政運営では、公務員に求められるスキルセットが、例えば、前例に基づき定型的な作業をミスなく行うスキルから、データの分析結果を踏まえて絶えずプロセスを改善するスキルに移行していくように思われるが、これを既存の人材のリスキリングで賄えるのかは疑問である。人材の入れ替えが必要ということになると、抜本的な組織改革が必要となり、実現のハードルは上がるだろう。財政的な制約については言わずもがなだが、急激に進化していくデジタルツールをその都度導入していくことが、我が国の厳しい財政状況下で可能なのかということである。こうしたDEGに対するハードルは、官僚機構と民間企業の組織としての性質に着目すると分かりやすい。すなわち、民間企業においては、デジタル化への対応が遅れれば利益が確保できず、組織としての存続が危ぶまれるという判断がなされれば、ドラスティックな対応も辞さない一方、官僚機構にはそうした強烈なインセンティブがなく、かつ、行政としての連続性も確保しなければならないことから、漸進的なアップデートを取りやめて抜本的な変革を行うということが起きえないのである。その結果として、民間企業や他国の取組を周回遅れで導入するも、その間に模倣した企業や国々は更に先に進んでしまい、いつまで経っても追いつけないというサイクルが繰り返されてしまっている。

ここまで散々DEGへの移行に向けた課題を論じてきたが、実はDEGの万能論には懐疑的である。DSAIがいかに進化したとしても、実際の政策立案・実行に当たっては何らかのサイロ、セクショナリズムが残存するだろうからだ。その限りにおいて、NPM的なマネジメントの視点が必要であり続けるだろう。だからといって現状のままでいいということではなく、NPMやDEGといった様々なパラダイムの要素を我が国の文脈に応じて取り入れていくというプロセスが必要になる。日本における行政機構の運営のあり方に関する議論は、橋本行革以降活発さを欠いているように思うが、地方自治体を中心に人材不足が深刻化し、生成AIなどゲームチェンジャーたりうるデジタル技術が実用化されてきたこのタイミングで、今後の行政機構のあり方を骨太に議論していくべきではないか。


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