【MPP授業感想】Housing Policy③

Week 4: Private renting: an inferior tenure?

第二次世界大戦後、住宅所有の増加や家賃の規制により、賃貸住宅市場は長期的に衰退してきたが、近年は住宅価格の上昇や生活様式の変化により、再成長の局面を迎えている。世界金融恐慌以後、安定したキャッシュを生み出す賃貸住宅の資産としての地位が相対的に高まったことで、投資家の資金も賃貸住宅市場に向かいつつある。

今回取り扱った論点で印象的であったのは、賃借人の十分な保護と商業的に成立する賃貸住宅は両立するのかというものである。一般的に、賃借人の保護と家主の収益は反比例する。すなわち、賃借人の保護を強化すればするほど、家主が賃貸住宅から得られる収益は減少していく。そして、家主の収益が減少していくと、家主が賃貸住宅市場から退出し、結果的に十分な賃貸住宅が供給されなくなってしまう。したがって、賃借人の十分な保護と賃貸住宅による利益のバランスを取っていくことが重要になってくる。

この論点に関して、イギリスとドイツは対照的だ。イギリスでは伝統的に賃借人の保護を犠牲にすることが、賃貸住宅市場の商業的な繁栄に不可欠であるとされてきた。一方で、ドイツは伝統的に賃借人を手厚く保護してきたにもかかわらず、民間賃貸住宅市場が発展してきた。両国の違いは、先ほど述べた賃借人の保護と賃貸住宅による利益のトレードオフだけでは説明できない。両国の住宅に関する歴史的な経緯が大きな影響を与えているのだ。イギリスでは、伝統的に住宅所有を奨励する政策を推進してきたことに加え、住宅価格の上昇が見られ、家主は、住宅資産からキャピタルゲインを得ることを期待してきた。他方でドイツでは、住宅価格の停滞によりキャピタルゲインは期待できなかったことから、家主は住宅からの収益をそこまで重視してこなかった。さらに、家主に対する税制優遇が充実していたことで、賃貸住宅の低収益をこうした優遇により相殺することができた。これらの事情から、ドイツでは、賃借人の立場を保護しながら、民間賃貸住宅市場を発展させることができたのだ。

それでは日本はどうか。日本は伝統的に賃借人の保護を重視してきた。戦前に制定された借家法は、賃借人保護において特に中心的な役割を果たしてきた。一方で、こうした強力な賃借人保護は家主の収益を圧迫したので、民間賃貸住宅市場の成長は限定的であった。住宅の数自体は近年の人口減少もあって問題がないものの、日本の賃貸住宅一戸あたりの床面積は世界各国と比較しても著しく小さい。そして、賃貸住宅が提供するレパートリーも少なく、例えば、世帯向けの良質な賃貸住宅は限られている。日本政府による住宅所有を推奨する政策の推進も、こうしたトレンドを後押ししてきたと思われる。

しかし、こうしたトレンドは近年変わりつつある。賃貸住宅の商業化が進行しているのだ。上述のとおり、国際的に賃貸住宅の資産としての地位が向上する中で、東京などの都市部では住宅価格や家賃が少しずつ上昇してきており、絶好の投資先となっている。賃貸住宅の保有者に占める法人の割合も上昇している。さらに、民泊が解禁されたことで、外国人旅行者に住宅を短期的に貸し出すという収益モデルも一般的になりつつある。

こうした状況は、民間賃貸住宅の供給を後押しすることが期待できる一方で、賃借人の立場は厳しいものになっていくことが予想される。実際、民泊の解禁が家賃の上昇や立ち退きの増加につながったとする研究もある。イギリスでは、賃貸住宅の契約に当たり、家主に対して志望動機書のようなものを提出させられたり、家賃をオークション形式で釣り上げられるようなケースがあると聞いているが、日本でもこれに近い状況が発生してしまうかもしれない。政府としては、引き続き賃借人の立場を保護することが重要だが、その際には副作用である家主の収益の減少や賃貸住宅の供給減少に留意する必要があるだろう。例えば、ドイツのベルリンで近年実施された家賃統制は、その本来の目的である家賃の低下をもたらしたが、それ以上に賃貸住宅の供給を減少させる結果となってしまった。

前回の投稿で指摘した持ち家政策の限界、そして今回述べた賃貸住宅市場の課題・展望を踏まえ、日本としてどのような住宅政策を推進していくのか改めて整理すべきタイミングを迎えているように感じた。


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