【読書メモ】国際交通論 政策・産業とその展望

○第2章 ネットワーク産業と経済学
・ネットワークの特徴として、規模の経済性、補完性があり、これらは自然独占が効率的であるという帰結を生む。また、需要側における規模の経済性(例:参加者が多い方が利便性が高まる)をネットワーク効果と呼ぶ。閾値に達しない場合には、他規格との互換性確立が有効であり、閾値を超えると、社会的に非効率でも中々解消できない(スイッチングコスト)。

・運賃政策の考え方として、運賃価値説と原価主義説がある。後者の一類型である総括原価方式が取られることが多いが、過剰投資になる蓋然性が高い(アバーチ・ジョンソン効果)ため、自由な料金体系を認めることで、需要の平準化を実現することが望ましいという意見もある。この考え方を採用したのが航空運賃である。
・自由化は事業リスクを供給者側にも担わせる方向性であることから、原価主義説から運賃価値説への移行と捉えることができる。Pigouは理想的な価格差別として、全ての消費者に対して支払意思額だけ運賃を課す第1種価格差別を挙げた。これは近年の情報技術の進展により可能となっている。混雑解消の観点から、ピークロードプライシングを設定することも可能である。

・規模の経済性が強く働くインフラ産業で実践されてきた、垂直統合された企業組織による独占的な運用について、有効な価格規制への疑義、サービスレベルの劣化・技術革新の遅さが指摘された。こうした問題点に対して、インフラを解放して自由に競争させるという水平分業型モデルへの転換が試みられた。ただし、片方が明確に優れているということはなく、一長一短であることに注意すべきだ。

・公共交通の需要の特徴として、直接的・派生的交通需要の存在、即地性・即時性を有することが挙げられる。デジタルプラットフォーム(DPF)の登場は、時間帯や地理といった非価格的要素におけるマッチングを促すことを可能とする。こうした利便性からDPFはネットワーク効果を生み、自然独占に近い状況になる。交通需要が派生需要である場合には、交通サービスを無料として、本源的需要でその費用を回収する内部補助が可能となる。
→公共交通機関はどのようなビジネスモデルを志向すべきなのか?

○第3章 航空政策・空港・航空事業
・JAL, ANA, JAS3社による決められた範囲内での保護政策(「45・47体制」)から、同一路線の複数社運航化を経て、需給調整規制の廃止に伴う認可制に至った。空港政策は、空港整備5ヵ年計画による着実な整備に始まり、社会問題に対応する形での取組の推進、空港空白地域への空港整備へと移行してきた。
・今後の航空政策は受容追随型から経済効果を生み出すための需要の受入・創出を実現する積極的な対応(例:ハブ空港間競争、新たな航空会社・担い手への対応)が求められる。

・羽田空港は、空港基本施設(滑走路等)を国が管理運営しており、旅客・貨物ターミナル等を民間企業が運営。他方で成田空港は空港基本施設とターミナル等をNAAが一体的に運営している。国際的にはこうした上下一体が主流である。
・成田空港の収入の46パーセントは空港運営事業(着陸料や停留料)であり、残りはリテール事業等の非航空系が占める。航空業界の競争激化により、諸料金をできるだけ割引くインセンティブが働き、その原資として非航空系収入が活用されている。上下分離ではこうしたやり方はできず、一般に滑走路側は収益性が低く、ターミナル側は収益性が高い。
・コロナ時におけるANAの対応として、手元資金の確保、旅客収入以外の収入源の探求、固定費の削減。これからの方向性は、航空事業におけるビジネスモデルの変革(新規ブランドの立ち上げ)と、非航空事業におけるビジネスモデルの変革(データプラットフォーム)を両輪とした事業ポートフォリオの再編。新事業を提案できる組織文化の醸成も推進している。

・JAL破綻の主要な原因としては、リーダーの不在、当事者意識の欠如、採算意識の欠如がある。これを克服するため、「心の改革(JALフィロソフィ、リーダーの育成)」と「器の改革(部門別採算制度)」を推進した。
・今後の事業戦略の柱は、フルサービスキャリア事業の収益性向上、貨物郵便事業の安定的な収益拡大、LCC事業によるマーケットの開拓、マイル・ライフ・インフラ事業の拡大。

○第4章 物流政策・海運・港湾・国際複合一貫輸送
・戦後の外航海運で独自の進化を遂げたのは自動車運搬船とLNG運搬船だ。プラザ合意後の円高に対応するため、外国籍船、外国人船員中心に転換した。この過程で海運業界は主要3社に集約されるに至った。輸送需要の低迷に備えて、ポートフォリオ経営が不可欠。
・カルテルである海運同盟は形骸化していったため、安定的なサービス供給のためアライアンスを組成し、3つのアライアンスに集約された。低廉な運賃や多様なサービスが実現した一方で、運賃の乱高下や過当競争に伴う倒産・寡占化といったデメリットも存在する。
・日本郵船、商船三井、川崎汽船の3社は歴史的な運賃低迷や国際的なMAによりコンテナ船部門を統合してONEをシンガポールに設立した。シンガポールに拠点を置いたのは、税制、産業の集積、優秀な多国籍人材へのアクセスなどが理由となっている。→日本企業が日本を見限る事例。

・フォワーダーは荷主と包括的に契約し、複数の輸送手段を組み合わせ、最善なサービスを提供。日系企業の海外展開の進展に伴い、フォワーダーの海外における業務も増加・多様化し、展開地域も拡大していった。海外での事業拡大に伴い、海外人材の東洋やネットワークの拡充が重要になる。また、グローバルな競争に打ち勝つためには、日本の強みである品質・安全へのこだわりによる差別化が必要。さらに、フォワーダーがサードパーティーロジスティクス(3PL)として物流関係の業務を請け負う形態も見られる。

○第5章 鉄道事業の変革と鉄道システムの海外展開
・労働生産性の低さにより債務が拡大する中で、累積債務と余剰人員を整理し、自律的な意思決定を実現するため、国鉄の民営化がなされた。地域ごとの運賃設定や賃金設定を行うため、地域分割が採用された。
・JR東海の経営課題であった新幹線保有機構は、当初変動制とされたリース料が固定されたことを契機に、解体された。これは労働生産性を下げるほどリース料が安くなるという逆インセンティブを取り払うものであり、自律的な経営につながるものであった。
・東海道新幹線の老朽化・陳腐化と膨大な借金を抱える状況下で、債務返済優先ではなく、積極的に東海道新幹線に設備投資を行う指名優先のオプションを選択した。これは新幹線の陳腐化により、航空にシェアを奪われかねないという危機感が故だった。
・具体的には、高速化、高頻度化、品川駅建設を実施。高頻度化については、編成・座席数を統一することで、車両の運用効率を高め、輸送力を向上させた。
・鉄道はインフラ、コアシステムに加え、車両やオペレーションが一元的に垂直統合されていなければ機能が発揮されない。例えばいかに各列車のスピードアップを果たしたとしても、全ての列車がそのスピードを発揮できるシステムを構築しなければならない。
・日本の新幹線システムは高速旅客列車専用の軌道上でATCで列車を運行するものであるが、欧州は輸送密度が低くこのやり方では採算が取れない。また、相互乗り入れを意識して、上下が水平分離された仕組みを志向している。そのため、日本のシステムは一定の要件下(人口が集中した回廊地域、高速鉄道をバイパスとして活用できるなど)になければ、その優位性を発揮することは難しい。
・駅のあり方を「交流拠点」という役割を超えて、「暮らしのプラットフォーム」へと転換する「Beyond Stations構想」。

・都市鉄道の整備には一定の経済規模が必要である一方で、鉄道整備が遅れると自動車から鉄道への転換は難しくなる。整備に当たって考慮すべき点としては、ネットワークの階層性、ターミナルの開発コンセプト(交通機関との接続、公共空間や商業施設)を計画段階から構想しておくこと、幹線とフィーダー路線の組み合わせによるネットワーク密度の確保、輸送力の確保(LRTやBRTでは不十分)がある。TODは鉄道需要を高めて鉄道経営を支えるだけでなく、地価上昇による開発利益の還元にもつながるが、都市計画行政と鉄道行政の調整の難しさ、土地利用規制や開発事業制度の不備がネックとなって開発途上国ではあまり進展していない。
・アジアの都市鉄道は低所得者向けであり、バスとの競争もあること等から運賃を高くできないため、赤字経営の原因となっている。費用上昇に応じた運賃改定(日本)、高所得者による利用増加につながる運賃改定(バンコク)が改善策たり得る。沿線の不動産保有者への課金を行うIF(Impact Fee)や、駅周辺の固定資産税の増加分を返済財源とした債券発行(Tax Increment Financing)等が開発利益の還元手法として存在する。内部補助も手法として考えられるが、PPPな路線ごとに事業者が異なる場合には難しい。そのため、海外資金、政府独自の財源(交通税や交通基金)を含めた補助金が必要となる。日本の都市鉄道整備は欧米のように100%政府資金ではないため、経営努力のインセンティブを高めており、アジア諸国の参考になる。
→赤字に瀕する我が国の地域公共交通に対するソリューションとして、欧州の公共交通を公的サービスとして捉える対応が挙げられることがあるが、上記の議論を踏まえると、果たしてサービスレベルを担保できるのか、定かではない。
・英国ではPFIの課題として、利用料金の高騰、経営破綻による支出の高騰、手続きに時間を要すること、財政の硬直化が議論されているが、アジアでは依然としてPPPへの期待が高い。官民のリスク分担が重要であり、資本回収期間の長いインフラ部分は政府が負担し、鉄道運営を民間が行う上下分離方式が一般的だ。他方で、システム内部で複数企業が参画することで、全体としての効率性・安全性が低下するリスクにも留意する必要がある。民間に運営を委ねる方法としても、MRG (Minimum Revenue Guarantee)、Net Cost方式(リスクを民間が負担)、Gross Cost方式(一定額を政府が負担)など様々なものが存在する。

・英国の鉄道は上下分離方式にて民営化され、インフラはネットワークレイル社が保有、維持管理を担当している。同社は運用会社からの路線使用料金と政府からの補助金をもとに運営されている。一方、運行は20路線程度それぞれの運行会社に10年程度の運行権を付与するフランチャイズ制を採用している。運行権の期間が短いため、車両は金融機関の車両保有専業子会社(ROSCO)が保有し、運行会社に貸与している。運行会社は稼働率や故障率等を勘案した支払いを受けるAvailability Payment方式となっている。車両メーカーが車両の納入のみならず保守を受け持つ。
・日立の英国鉄道市場の参入に当たっては、日本ではJR等が担っている保守事業の経験、欧州規格への対応が障壁となった。日立製の装置を持ち込んで英国のネットワークを走行させるプロジェクトにより英国のインフラ状況のチェック、規格適合の確認を行うとともに、アルストムの幹部を採用して英国の産業構造を踏まえた営業を可能とした。これにより、CTRL案件への三角を果たした。
・その後のIEP案件では、PPPスキームが採用され、ROSCOの役割を車両メーカーが担うことを要求された。優先交渉権の獲得後、リーマンショックが発生し、海外企業への発注、巨額融資への懸念が噴出したが、生産拠点の英国建設、政府系金融機関による支援により乗り越えた。その後、選挙や政権交代によりプロジェクトの凍結未遂、欧州鉄道産業連盟からの抗議、欧州金融危機による欧州系各行の離脱を経ながらも、ようやく契約が成立した。
・グローバル事業拡大に向けて、欧州企業の買収の必要性が認識されるようになった。世界に販売できる商品ラインナップを揃え、国際規格の制定に内部から関わることが重要であるからである。

○第6章 日本の交通インフラの海外展開
・日本の交通インフラ企業・建設企業の規模は欧米・アジア企業に比べて著しく小さい。海外進出の実績も少ない。また、業態間の役割分担も欧米と異なるほか、企業が細分化されている。インフラ事業ならではのリスクをどのようにカバーするのかも問題となる。
→人口規模・経済規模が縮小する国内市場だけではなく、長期的には海外市場に目を向けるべきというポートフォリオ経営的なロジックは果たして妥当なのか。海外勢が規模の経済を働かせる中で、海外勢と互角に渡り合い、海外市場でそれなりの利益を確保するためには、それ相応の投資が必要になってくるのではないか。また、国内での維持管理・補修ニーズが一定規模存在し、近年海外事業のリスクの高まりや、国内への生産・製造の回帰が進む中で、果たして本当に海外展開が絶対的な解であると言えるのか。この辺りの論点に対して国としてのスタンスを決めないと、中途半端な形でしか海外展開は進まず、国や民間企業にさしてメリットをもたらすことができないという結果に至ってしまわないか。インフラの海外展開を政府としての外交戦略とより緊密に結びつけることは、一つのアプローチたりうるが、その場合は政府が事業リスクをさらに背負うなどして関与を強める必要があるように思う。








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