【MPP授業感想】Housing Policy①

今学期は各自の関心分野を深掘りする選択科目が開講されている。私はかつて建築基準法を担当していたこともあって、住宅政策を取り扱うHousing Policyを履修することにした。

Week 2: Housing Allowances

Housing Allowances(住宅手当)は、一定の所得以下の人々に対して、住宅に関連する費用(主に家賃)を支援する制度を指す。住宅へのアクセスを担保する機能を果たしているほか、一般的な所得補助の側面も持っていることに加え、人々の流動性を高める効果がある。

欧米では、第二次世界大戦後、供給サイドの対策(住宅生産者への支援、家賃のコントロール、公的住宅の建設)により深刻な住宅不足に対応した後、こうした供給サイドの対策をフェーズアウトするに当たって、それに伴う家賃の上昇から市民を守るために住宅手当が導入された。欧州の中でも、どの程度支援に踏み込んでいるかは温度差がある(英国やスカンディナビア諸国は手厚いが、地中海諸国は控えめ)。また、制度設計についても、現金支給orバウチャー、実額支給or基準額支給、収入による区分or属性による区分、入居者に支給or家主に支給といった多様性がある。問題点としては、参加率が低い、貧困・失業の罠(収入増又は就職すると支援額が下がる事によるディスインセンティブ)、住宅への過剰消費、家賃の上昇といったものが挙げられる。非常に興味深かったのは、定性的な説明としては納得感のあった上記の問題点について、実際に調査をしてみると、時代や場所等によって実際に問題が発生しているかどうかはまちまちであったことだ。ざっくりとした海外の学説に関する理解を無批判に特定の文脈に当てはめることの危険さを感じた。制度設計に当たっては、いかに社会課題の解決と経済合理性のバランスをとっていくのかがポイントとなる。

日本には、欧米のような大規模な住宅手当は存在せず、生活保護の一部として住宅費用を支援しているほか、失業者に対して求職期間中に限り住宅費用を支援する制度があるだけだ。日本では、当初は日本住宅公団(現UR)等による住宅の量的な供給が重視されていたが、次第に量から質へと政策の重点を移してきた。この過程で、欧米のように家賃の上昇に伴うアフォーダビリティの問題が発生しなかったことが、大規模な住宅手当が導入されてこなかった理由なのだろうか。ちょうど住宅の供給が確保されてきたタイミングで日本経済が低成長期に入り、家賃を含めた物価が急激に上昇してこなかったこと、借地借家法等により伝統的に賃借人の立場が保護されてきたことが、こうした欧米との違いを説明する材料になるように思う。

今後も日本は急激な人口減少により住宅需要が伸び悩むことが想定されるため、基本的には住宅手当へのニーズが高まるような状況にはならないのではないかと想像する。しかし、いくつか注意すべきポイントがあると思う。まず、全国的には住宅が不足することはないだろうが、人口が集中する都心部においては家賃の高騰や住宅の不足が想定される。都心部にしか雇用がないなど、都心部で暮らすほかないという状況は回避しなければならないだろう。さらに、住宅は世帯数に比して十分な数存在しているということになっているが、近年空き家や老朽化が進んだ住宅が増加している中で、真に人々が居住できるクオリティを持つ住宅の数を維持していくという視点も重要になるだろう。また、日本でも徐々に進行するインフレの影響が家賃にも及ぶかどうかもポイントとなりそうだ。このあたりは今後住宅政策を担当する機会があればまた勉強したい。

最後に一言。先ほど、住宅手当の本格的な導入までは必要にならないのではないかと書いたが、住宅政策は往々にして政治的である。近年のポピュリスト的な政党の躍進に鑑みると、欧米に倣った住宅手当の導入を提案する政党が現れてもおかしくはない。その際には、上述したような副作用を慎重に吟味するべきだろう。そして何より、我が国の危機的な財政状況を考慮しなければならない。


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