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No.143 1981年・2019年 教師最初と最後の研究授業

 教師の最も本質的な仕事は授業を通しての教育です。授業力を高めるためにどの学校でも取り組んでいるのが研究授業です。主に校内の先生方で、ある先生の授業を見学し検討会で授業の評価を行うことが一般的な方法でしょう。外部から講師の先生をお呼びして授業を検討して頂く場合もあります。
さらに、校内の先生方に限らず、外部の方にも授業を参観してもらい検討することもあります。これを一般的には公開授業と呼んでいます。研究授業も大切な教師研修ですが、公開授業の方がより多様な方々の参加により鍛えられる場にはなります。形式的なことに流れなければ、どちらも教師の成長に大きな役割を果たすものです。
 それでは、私は39年間の教師生活で何回研究授業、公開授業を行ってきたのでしょうか。 研究授業は13回、公開授業は18回行いました。その他にメディアからの取材授業が15回ほどありました。
 研究授業について、担任をしている期間は、国語、社会、算数、生活、総合的な学習などの教科や活動で実施し、社会科専科の期間はもちろん社会科の授業で実施しました。研究授業はできるだけ多くの先生が行うことが望ましいと考えます。39年間で13回の研究授業は3年に1回の割合でした。比較的若い時代に行っていたので、多くのことを学ばせて頂きました。
 公開授業については専門教科が社会科なのでやはり多くは社会科で実施してきました。1990年ごろからNIE(Newspaper in Education)に関わってきた関係で、NIEの公開授業が多かったです。
 米国のNIEの第一人者、米国新聞協会のベティ・サリバン氏が来日され参観されたのが「世界のニュースをキャッチ」(聖心女子学院初等科6年、19944 年10月6日)でした。 韓国新聞活用学会が来日され参観されたのが「ワールドカップから広がる世界」(聖心女子学院初等科5年、2001年1月 26日)でした。
 日本NIE学会が企画し参観されたのが、韓国の李貞均先生との共同授業「親子で新聞を楽しもう(ファミリーフォーカス)」(聖心女子学院初等科5年生と家族、2012年11月23日)でした。
 取材授業についてはメディアからの依頼により学校が許可し授業を取材されたものです。社会科が多く、NIE、国際理解教育、メディアリテラシーなどの分野での取材がありました。NHKにより「シンポジウム メディア教育を考える メディアリテラシーと新聞・放送」(2001年11月17日放送)のため取材授業が行われました。

 今回のエッセーでは校内の関係者で行う研究授業に焦点をあて、私の教師最初の研究授業(1981年)と最後の研究授業(2019年)についてご紹介致します。

教師最初の研究授業(1981年)
勤務初年度にはどの学校でも新任の研究授業が行われています。私も1981年3年生の社会科で「自分が住んでいる地域と出かけた地域の比較」という研究授業を行いました。私立小学校の児童はいろいろな地域から登校していますので、このような授業を位置付けました。

 教師最初の研究授業 1981年

 以下のような授業記録が残っていました(『第19回 東京地区研修会収録』日本私立小学校連合会編、1983年2月発行より)

3年社会科実践記録
題材「みんなが調査した地域の様子」
1.題材の目標
子どもたちにとって楽しい授業は、社会認識の形成にとって不可欠です。既存の教科書や副読本や資料集から抜け出て、子ども自らが自分の体全体を使って作成した資料を使って授業することはとても楽しいにちがいないことでしょう。
児童が各自調査した地域の実態及びすでに学習した自分の家のまわりの地域性、港区の地域性との比較を通して、地域にはそれぞれの風土があり、それに適応した多様な生活形態があることを理解させたいです。また、いろいろな地域を調査するにはどのような方法があるか考えていきます。

2.題材の授業展開の角度
発表者が調査した地域で、おもしろいところ、ふしぎなところをあげさせ、子どもの観察から出発します。その地域の一般性と特殊性を把握させ、発表者が調査した地域のようすと児童が以前調べた学校のまわりの様子、自分の家のまわりの様子、港区の様子、自分が調査した地域の様子と比較しながら、共通点・相違点を考えます。また、4年のいろいろな土地のくらし、5年の産業学習との関連を考えて、例えば松本では文化事象を通して歴史的におさえたり、土産物を通して地域の伝統産業をおさえたり、コンビナート地域では石油化学工業の関連をおさえたりしました。
方法論的には児童中心の学習形態をとります。児童自身が作成した資料に基づく児童の発表、レジュメ作成、討論を中心とします。

3.題材の指導計画(3時間)
第1時 発表予定者が調査した地域
○下田・軽井沢(2つの観光地化されている地域の比較)
○那須(避暑地、伝説のある町として)
○能登半島(半島の様子と輪島塗などの伝統的な産業)
発表はそれぞれの特産物を見せながら行います。発表者以外の人は、調査の苦 労、楽しみを発表。

第2時 発表予定者が調査した地域
○豊前・徳山・広島(特に徳山のコンビナート地域での石油と化学工業の産業の関連。海を利用した外国からの輸入。港区との共通点)
○新宮(紀伊山地はすぎやひのきの山地であることをおさえ、山を利用した材木工業がさかんであることを考える)
○松本・八ヶ岳高原(歴史的な町と避暑地として観光化されつつある町との比較)
発表は発表者があらかじめ作成したレジュメを児童各自に配布し行います。発表者以外の人は、調査の苦労、楽しみを発表します。

第3時 発表予定者が調査した地域
○ニューヨーク・アスペン(アメリカの都市と農村の比較) ○ハワイ・バリ島(ハワイとバリ島の人々の生活のちがい)
発表者は写真などを利用して行います。発表者以外の人は、調査の苦労、楽しみを発表します。
4.教師がおさえるべき点
児童の調査が全国各地に及んでいるので、教師の側に第1次、第2次産業の見取り図が用意されていると、5年生の学習に向けて基礎ができます。また、各地域で何を見るのかを明確にし、その特殊性と一般性をしっかりと把握させます。
○自然条件を年間通して特徴的におさえます。
○地域の人々のくらしを生産と労働の観点から構成します。生産力向上のための工夫と努力は必要です。
○地域の子どもの遊びや生活の様子を調査項目の中に明確化すべきでした。
5.第2時の授業
 以下のような学習活動が行われました。
1)前時発表した地域と本時発表予定地域の確認
(日本地図、児童資料で確認)
2)児童の発表、質疑、討論
(1)豊前、徳山、広島の比較 徳山の石油について
発問1 なぜ徳山に大きな石油会社があるか。
(あらかじめレジュメを配布。おもしろいところ、ふしぎなところなど自由に考えます。港区の海沿いに火力発電所があることと関連させて考えます。)
(2)  新宮 東京都の比較
発問2 新宮はどんな産業がさかんだと思うか。
(国語の「むささび星」の単元で吉野のすぎが出てきたことを思い出します。)
(3)松本、八ヶ岳高原
地域の特徴と名所の紹介
発問3 なぜ清里には若い人が多かったか。
発問4 なぜ松本の名所として学校があると思うか。
(軽井沢との比較、町の様子の変化にふれます。学制期の学校の歴史についてふれます)
3)調査の苦労、楽しみについて
(発表者以外の児童に調査の苦労や楽しみについて自由に意見を出します。)
4)次回発表予定地の予告

 「私立小学校ならではの3年生地域学習」の試みでした。

教師最後の研究授業(2019年)
勤務最終年度にやはり社会科で研究授業を行いました。最後の研究授業は姉妹校である兵庫県宝塚市の小林聖心女子学院小学校との合同研究授業でもありました。ですから、この最後の研究授業は公開授業でもあったのです。
詳しい授業のやりとりの様子はご紹介できませんが、当日の指導案から最後の研究授業の様子をご紹介いたします。

教師最後の研究授業 2019年

1.研究テーマ
「活用する力を育てる~主体的・対話的で深い学びを育てる指導の工夫を通して~」 情報化社会において情報を選択し思考・判断・表現を通して現実の出来事に関心をもち探究する姿勢を育成するとともに、情報化の進展だけではなく負の部分も考えるためには、人・メディア・実物をどのように活用する指導をしたらいいのでしょうか。
2.単元名「わたしたちの生活と情報」
3.単元目標
情報産業や情報化した社会の様子に関心をもって意欲的に調べ、情報産業や情報化の進展が国民生活に大きな影響を及ぼしていることや、情報の有効活用が大切であることを理解し、実際に人・メディア・ 実物を活用することを通して、情報化のよりよい進展とともに負の部分についても考えようとします。
4.研究テーマと単元とのかかわり(ポイントのみ)
今回の研究授業では、輪島塗をタブレットPC と実物で対決させる構図です。授業者はかつて輪島塗とタブレットPC をテーマに研究授業を行いました。1990年2月14日に「輪島塗の実物に触れる」というテーマで、2014年12月2日 に「ネット社会の光と影を考える」というテーマで、それぞれ5年生で校内の研究授業を行いました。今回はこの2つの研究授業を融合する形で実践することにしました。
5.タブレットPC VS.実物 日本の伝統工芸を通して 指導計画(5時間)
1時間目「タブレットで輪島塗を調べる」
2時間目「輪島塗 タブレットVS.実物」(本時)
3時間目「タブレットと実物 どう考える」
4時間目「タブレットと実物 広告にする」
5時間目「タブレットと実物 みんなで討論」
6.本時の指導
1) 目標
前時のタブレットでの輪島塗から本時の実物の輪島塗を体験することにより、 体験からどのような情報が得られるか考えることがきます 。
2) 本時の展開(簡略しています)
(1)学習課題の確認
タブレットで輪島塗のどんなことに関心を持ったか、何人かに発表してもらいます。旧国鉄ポスターから輪島塗の工程に気がつきます。
「はつり」、「磨き」、「塗り」、「描き」の4つの言葉に目を向けてもらいます。

旧国鉄ポスター「くつろぎの加賀・能登路」

(2)学習の展開
実物があれば、どのように学びたいか意見を出してもらいます。
児童の主体性を生かし、学び方に沿う方向で学習を進めます。
・ 工程の順に体験していきたい。
・ 関心があるところをじっくり体験したい。
・ いくつかのものを比べて体験したい。
・ 使われている材料がどんなものか体験したい。
・ 実物を触ってみたい。
・ 実物の匂いを嗅いでみたい。
などが想定できます。これら以外にも対応します。
ここからは教師がアドリブを生かし進めていきます。

(3)本時の振り返りと今後の学習課題
「今日のなるほど」(振り返り)を書き、キャッチコピーを発表します。
今後の学習計画を立てます。

3)評価①〈導入〉輪島塗を体験することに期待を持つことができていたでしょうか 。
評価②〈展開〉 輪島塗工程見本椀 その他輪島塗に関する実物体験を興味・ 関心をもって取り組んでいたでしょうか 。
評価③〈まとめ 〉今日の体験を通しての振り返りの表現と今後の学習計画を考えていたでしょうか 。
評価④ 一人一人が積極的に取り組み、教師や他の児童と話し合いが持て 、 体験するという学びへの関心を高めることができたでしょうか。
 タブレットと実物の対決、とても面白かったです。デジタルの時代だからこそ五感を活用して実物に触れてほしいと思います。
 
 授業は教師にとって最も大切な仕事です。39年間この考えを一貫して追究して研究授業にも積極的に取り組んできました。授業の学びとても楽しかったです。
 輪島塗は私にとって最も愛着がある学習材の1つでした。能登半島地震で大きな被害を受けた輪島が1日でも早く復興できることを願っています。もう一度輪島を訪ねる予定です。

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