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渾身的な母の「あだ名」

わたしが少年野球に夢中になってた小学生の頃。

野球好きの父は少年野球チームの監督。
そんな父に

「お前は篠塚※になれ」

と言われていたわたしは
2番セカンドで副キャプテン。

※篠塚 和典(しのづか かずのり)
 1980年代に巨人で活躍した二塁手。
 好守好打で巨人の2番打者として定着。
 首位打者2回。ゴールデングラブ賞4回。

そして母は
入ったばかりのメンバーに
基本の"キ"を教える特別コーチだった。

わたしの同級生でお世辞にも
運動が得意とは言えなかったチームメイトに
専属でキャッチボールを教えて
後にレギュラー入りを果たす実力まで育てあげるなど
渾身的なサポートをしてくれていた。

週末は試合があるため
わたしと父は朝から車で出発。

母はお決まりの「どデカおにぎり」と
唐揚げ等のおかずを作って
お昼前に合流するのだが

スゴいのはその移動方法。

試合会場がどれだけ遠い場所でも
母はわたしの4歳年上の兄が乗っていた
スポーツバイク(ガチの自転車)で
弁当を届けに来るのだ。

5km以上離れていてもガンガン来ます
もちろん当時ナビやケータイは無し

毎回風のように疾走してくる
母の姿を見たチームメイトが付けたあだ名は

「スーパーウーマン」

わたしが卒業した後も
その勇姿はチームの「応援歌」として
後輩達に引き継がれていったのであった。

[攻撃中の応援歌「スーパーウーマン」]

〽︎かっ飛ばせ かっ飛ばせ 〇〇〜
 宇宙の果てまで かっ飛ばせ
 スーパーウーマン (たまげた〜)
 宇宙人も (たまげた〜)
 無限のパワーを みせてやれ
 かっ飛ばせ〜 〇〇!

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