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捨て駒にはならない

続かない男

自慢ではないが、私は何事も続かない男だ。
飽きっぽいというか、熱しやすく冷めやすい
典型的な人間だと認識している。
高校も入学してから1ヶ月で行かなくなったし、
大学は入学式だけ出席して中退した。

スイミングラグビーテニス、ボイトレなど、
色々な習い事に手を出してはみたが、続いてせいぜい一年くらいだったように記憶している。
もちろん会社も続かない。偉そうに書くような事ではないが、社会人になって恐らく14年くらいになるが、すでに6回くらい転職している。
そういえば中学生の頃、ブラックビスケッツに憧れてサクソフォーンも習っていた時期もあった。

途中、超絶ニートをしていたり、小説を書いたり、職業訓練校に通ったりしていた期間を除くと、2年に1回くらいのペースで転職をしている
計算になる。これはもうダメ人間というより、
そういう種類の人間として割り切るしかない。
だが、そんな私が唯一続いている事がある。

それはなんと、『将棋』である。ただの趣味じゃん?と思うかもしれないが、こんなに苦痛を伴う趣味はそうそうないと思う。何故、ただ『将棋』というシンプルなボードゲームを楽しむために、
強くなる努力をしなければならないのか。
別に勝ちたくないのなら、それは必要ない。

勝敗にこだわる趣味は面白くもなんともない。
ストレス解消どころか、ストレスそのものになることの方が多い。さらに、大して才能のない私が人並みの努力をしたところで、実感できる成長など、ほとんどないのだ。年単位で見れば確実に上達しているのかもしれないが、短期的な努力で得られるものは何もないと言っても過言ではない。

数年前、伸び悩んでいた私は『指導対局』というものを受けてみることにした。プロ棋士や、女流棋士の先生に教わるのは『記念』としては価値があると思うが、単発の指導対局では『上達』に繋がるヒントを得ることは難しく感じた。やはり、受け身ではいけない。何かを得ようと考え、積極的に動かない限り、せっかくのチャンスを無駄にしてしまうだろう。

短期間に色々な『指導対局イベント』
『将棋教室の体験レッスン』みたいなものに
参加してみたが、イマイチしっくりこなかった。
そんなある日、Twitterで当時のフォロワーさんから何気なく勧められた将棋教室の体験レッスンに行ってみることにした。特別、何かを期待していたわけでもなく、失礼ながら、その教室の講師の先生が何者なのかもよく知らなかった。

甲斐日向将棋教室

講師の甲斐日向先生は、元奨励会三段で、
NHK杯テレビ将棋トーナメント記録係として
お馴染みだったことを後から知った。26歳
年齢制限で退会した僅か2ヶ月後にこの教室を
開講しているフットワークの軽さに驚いた。
幼い頃から全てを賭けて将棋と向き合って、プロになるための壮絶な努力を重ね、あと一歩で手が届くところにいるのに、年齢を理由に夢を諦めなければならないという理不尽で残酷な世界だ。
新しい一歩を踏み出すには、私のような凡人が
想像する何億倍も葛藤や憤りがあったはずだ。

その日は『ゲームマーケット』という、年に2回、東京ビックサイトで開催されるボードゲームのイベントがあり、翌年春に自作のボードゲームを出展しようとしていた私は下見に行っていた。
下見に付き合ってくれた友人とまずは新橋で待ち合わせして、昼ご飯に海鮮丼を食べた。そこから会場にゆりかもめで移動し、今まで味わったことのない異様な空気に圧倒された私たちは、とりあえず食堂でハンバーグ定食を食べるのことにした。腹が減ってはなんとやらだ。

そこからまた会場をぐるりと一周して、歩き疲れた私たちは、甲斐日向将棋教室のある御徒町に移動することにした。ビギナークラスの体験レッスンは20時からだったが、思いの外、時間が余っていた。上野にあるパンケーキが美味しい喫茶店に入った。まずはコーヒーを頼んだ。私は生粋のブラック党である。何故なら、ミルク砂糖を入れるのが非常にめんどくさいからだ。

コーヒーを飲み終え、まだ時間はたっぷり残っていた。おかわりと同時にパンケーキを注文した。当然のムーブだ。パンケーキを食べずして何を食べるんだという話だ。入店時より店が少し混んできて、周りがざわざわしてきたが、不意に友人が口を開いた。

「もう気づいてると思いますが、左手」

うん?何も気づいてないが?何が…
指輪してるやん…薬指に光るシルバーやん…

「昨日、結婚しました」

え?今言う?このタイミングで?
もっとあったでしょ…1日一緒にいるんだから…

そんなこんなで、友人も軽く誘ってみたが、頑なに拒絶されたので、仕方なく一人で寂しく甲斐日向将棋教室に向かった。私はこう見えて、超絶人見知りなので、初めての場所や人はとても苦手だ。かなり緊張しながら、エレベーターで5階に上がり、教室と思われる部屋に入った。
何組かの将棋盤人間が並んでいた。

当時、ウォーズ2級だった私との手合いは6枚落ちだったと思う。勝敗はよく覚えていないが、とても楽しかった…というのが一番の感想だった。
今までの指導対局イベントや将棋教室とは違い、
なんというか、楽しい雰囲気なのだ。『将棋を教わる』と言うと堅苦しい環境を想像するかもしれないが、私にとっては、とても楽で居心地の良い空間だった。すぐに月4回通うことを決めた。

強くなるための勉強も少なからず必要だとは思うが、趣味だからこそ、将棋を楽しむことが一番だということを思い出させてくれる場所だ。強くなるためのヒントになるようなアドバイスも色々もらっている。技術的なものもそうだが、精神的なものだったり、将棋に向かうモチベーションに繋がるものも多い。

ここ最近はコロナ禍であまり行けていないが、
何事も続かない私が3年近く通っている。
当初はいつも美味しいお菓子が配られていたが、
それ目的で通っていたわけではない。
ちなみに通い始めてから1回転職している。

捨て駒のない3手詰

この教室の魅力の一つとして、『指導対局』後に『詰将棋』『詰めろ』『必至』問題を出題してくれることがある。(余った時間による)
詰将棋嫌いの私だったが、解くのが楽しかった。
生徒それぞれの棋力に合わせて、難易度を変えているようだが、特に捨て駒のない『並べ詰め』
テーマにした出題が多かった印象だ。

日々『詰将棋』をやっている(嫌々)と、実戦でつい大駒を切ったり、持ち駒を派手に捨てる手から考えそうになることが多々ある。読み切っていれば何の問題もないが、捨ててから詰まないことに気づいても後の祭りだ。仮に自玉が安全な局面で駒を捨てたとしても、相手に駒を渡すことにより、詰み損なった時のリスクが高くなる。まずは駒を無駄に消費せず、相手の玉を追い詰める手を考えるべきだ。

そんな詰将棋の本があればいいのに…
なんて考えていたら、なんとマイナビから出版されたらしい。コンパクトで持ち運びにも便利なサイズとなっていて、何が良いって、2パターンの
答え
がある場合にどちらも正解として記載されていることだ。これは地味に嬉しい。正解しているはずなのに、間違っているように思えて、なんとなくモチベーションが下がってしまうことがある。この仕組みはとても良いと思う。

難易度もちょうどいい。簡単すぎず、難しすぎない。正直、私の棋力でもたまに間違える。
『1手詰』は出来るけど、『3手詰』はちょっと
…と躊躇するレベルの人には最適だと思う。
もちろん、『3手詰』なんて余裕だぜ!と思っている人も一度は解いてみるといいと思う。意外と時間がかかったり、間違えたりするかもしれない。

人生も同じだ。自分の実力を過大評価したり、自分が余裕で出来るはずのものを過小評価していると、すぐに足元をすくわれる。常に自分と向き合い続けなければ、成長することはできない。
転職の多い私だが、いつか会社の捨て駒にされないように趣味の将棋だけではなく、仕事も人並みには頑張っていきたいと思う。

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