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1Q84・二俣尾・猫の町・ケムトレイル

二人が降りたのは「二俣尾」という駅だった。駅の名前には聞き覚えがなかった。ずいぶん奇妙な名前だ。小さな古い木造の駅で、二人のほかに五人ほどの客がそこで降りた。乗り込む人はいなかった。人々は空気のきれいな山道を歩くために二俣尾までやってくる。
ー村上春樹 1Q84 BOOK1 第10章

10月のある日曜日の朝、ふと思いついて1Q84に登場するふかえりの実家?がある二俣尾に行ってみました。
思いつきで行ったものの、本文の中でも日曜の午前中の事で、
こんな小さいシンクロも小さく背中押されます。

小さな古い木造の駅』は建て替えられています。

ちなみに乗降客は意外とたくさんいました。
休日だったからか、なにしろ電車内はハイカーのいでたちの方がたくさんいて、ハイキングイベントもあった様子。

かつて二俣尾に住んでいたという人に、どんなところか聞いてみたところ、特に何もないところと笑いながら言っていました。
よくよく調べずに思いつきで行ってみると、確かにとりたてて何もないような。何もないのがまた良いような。

なぜ二俣尾だったのか。
隣駅の軍畑(いくさばた)でも、手前の石神前(いしがみまえ)でも、
さびれた山奥であればどこでもよかったのかも?ですが、
そこは『二俣尾』だったわけで。
『二俣尾』という駅名に何か意味があるのでは?
という考察も散見しましたが、確かに物語が二重構造なので、二俣尾を選んだと想像する事はできるかもしれません。

「あさの九じ・シンジュクえき・タチカワいきのいちばんまえ」
ふかえりから電話でそう告げられ新宿駅ホームで待ち合わせ、立川で青梅線で青梅まで行き、青梅で乗り換えて二俣尾まで行きます。

天吾のアパートが高円寺だったので、高円寺から二俣尾までは中央線快速の青梅行に乗れば約1時間半。青梅行きでなければ、立川で乗り換えても同じくらい。
若干不思議に思うのは、なぜ高円寺から新宿駅へ遠回りさせたのかな?という事。立川駅で待ち合わせてもよかったのでは??とか。
土休日(当時は休日)に中央線快速は高円寺・阿佐ヶ谷・西荻窪をスキップするので、わざわざ新宿駅にしたのかな?とか。

現在の時刻表だと、9時8分新宿駅発の青梅特快に乗れば、青梅で奥多摩線に乗り換えて、1時間19分で二俣尾に着きます。
ただ青梅特快が始まったのは、国鉄が1987年に民営化された後、1988年12月だったので、当時はなかったという事になるのですが。

帰り道は、立川駅で中央線に乗り換え、三鷹駅から荻窪駅までの描写があるので、平日であればそのまま2駅で高円寺で降りれたはずですが・・・。
駅に降りた描写なく家に戻っているので不明ですが、日曜日なので中野まで行って帰ったかもしれません。

天吾にとって、日曜の朝というのは緊張感がある日のようですが、戎野先生との兼ね合いとかもあるのか、とにかくそれは日曜だったという事で、快速電車が高円寺駅を日曜日にスキップするのは想定外だったのかなとか想像しました。


もし二俣尾に行くなら、吉川英治記念館へ行ってみては?
と元二俣尾住民の方から勧められていました。

ぐぐると駅から徒歩15分。
その日は歩く気分ではなかったので、次の機会に見送る事に。
吉川英治を調べてみると、作家でいろんな著作があります。
その中で目についたのは新・平家物語。
興味ありますが、文庫本16巻となるとなかなか手が出せません。
でも行くなら読んでから行きたいような気もします。
他には、愛宕神社、駅から徒歩30分。こちらは紅葉など期待できそうなところのようですが、15分でも気分が乗らない上に30分は・・・いつか機会があれば。

とりあえず二俣尾駅に降りてみて思ったのは、やっぱりタクシー止まってない、ですね。

読んでいた時にかすかに思っていました。
残念ながら田舎の駅にタクシーはほぼいないよな。。。
たぶん、あらかじめ予約しておけば来てくれるかもしれないので、
ふかえりがあらかじめ予約していたかもとか。
もちろん80年代の古い駅舎の頃には、タクシーが止まっていたかもしれないし、ストーリー上タクシーは止まって待っているべきだと思いますが、例えば、センセイが車で迎えに来るという手もありじゃないかなと。
でもそこは初めて訪ねる家。
そこはタクシーだし、駅から徒歩では山奥感が薄くなるし、
徒歩だと途方もない感じの山奥なんだろうなと。

天吾とふかえりはタクシーに乗って、険しい坂を登り、険しい坂を下り、最終的に山の頂上のような場所へ到着します。

二俣尾駅には線路を隔てて出口が2か所あります。(当時は1か所?)
タクシーが待っているとしたら広い道路側の出口だと思うので、そちらの出口を出て左右どちらの道へ向かってもまずなだらかな下り坂。
多摩川はずっと低い場所にあり、橋は高いところにあります。
隣の駅も近いので、登ったり降りたりしながら小さな山の頂上に着くという設定がなかなか想定しにくい場所でした。

とりあえず歩いて近くの古いお寺へ行ってみました。
海禅寺。青梅あたりは梅の印象が強しですが、ここは桃の里だったようで、説明書きに桃の句がいろいろ書かれていました。
桃ではないですが、お花だらけのサイトもありました。
ここは平将門の子孫と称する、三田氏の菩提寺との事。
花の季節に訪れるとよい感じです。

お寺の階段を降りていると、反対側の山に見えるケムトレイル。
は?
こんな山奥でケム撒くとはいかがなものか。
それとも山奥に見えても、ケムの下は山でなく里なのか。

そう思いつつも、二俣尾でこれ以上歩く気分ではなかったので、お茶でもしたいとこですが、お茶するとこも見つけられず、二俣尾の二駅となりの沢井へ移動して、澤乃井園でランチする事に。
こちらは澤乃井というお酒で有名なところ。
沢井駅に降りてみると、またもケムトレイル。
空はつながってるから当たり前かと思いつつ澤乃井園へ。

一通りくるっと回って、渓谷を眺められるカフェでお茶したり、利き酒できるレストランでランチしたり。

帰りは乗り換え駅の青梅駅で下車して猫の町の青梅へ。

猫の町と言えば、天吾がお父さんに読み聞かせた、1Q84の中に登場する小説のタイトル。(BOOK2 第8章)千葉の施設に住むお父さんに会いに行く電車の中で読んだ本。
青豆にとってのねじれた世界『1ℚ84』が天吾にとっての『猫の町』。
そしてそれは『彼が失われるべき場所』との事。意味深。

青梅が猫の町という事で野良猫がたくさんいるかと期待したのですが、
野良猫には出会いませんでした。
青梅が猫の町なのは、かつて青梅が織物の町で、鼠よけに猫を飼う家が多かったからとの事。家猫が多いのかもしれません。
思えば青梅と青豆ちょっと似てますね。

村上春樹は猫の町についてニューヨーカーという雑誌のHPででインタビューされてるみたいです。
猫の町は創作との事でしたが、
萩原朔太郎の猫町にも似てるという話もちらほら見かけました。
ふかえりの住んでた二俣尾と青梅の猫の町が近いのは偶然かどうかはわかりませんが、小説の舞台巡りに追加するとちょうど良さげです。

青梅駅を降りてみると、
閑散とした駅前の街並み。
かつてはにぎやかだったのだろうなと思わせる昭和なビルがもの悲しく、
猫の町と化しているかのごとく、人の気配が薄い。
そして写してみて気づく、
またもケムトレイルだらけ。

なんだかなと思いつつ、
猫の像があるという住吉神社へ行って猫の写真を撮りつつ、
またケムトレイル。

ついでに昭和レトロ商品博物館の背景にもケムトレイル。

猫看板がたくさんある、猫の町ですが、
どうもこの日はケムに撒かれてしまいました。


村上春樹をむりくり陰謀論にむすびつけたわけではないですが、
ほんとにたまたまこの日はケムだらけだったので、
陰謀論と言われるケムトレイルも盛り込んでみました。

1Q84の小説舞台巡りのコースとしてご参考いただければ幸い。










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