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おむすびころりん悲怒談議

悲怒・・・なんと読むか、これは造語なのでなんとでも読んでください。
ゲド戦記的なリズムで読んで頂いて結構です。

昔からおむすびころりんの話を聞くたびに胸のどこかがギューとした。
昔話って結構残酷なものもある。
(カチカチ山でもさるかに合戦でも)
でもおむすびころりんでなんで?
人はそう思うだろう。

その苦しみポイントを知っている姉はわたしが日常生活の中で琴線に触れるたびに『おむすび的なあれ?』と聞いてくる。
そう、おむすび的な悲しみが世の中には溢れている……。
世界は残酷なんだもの。



一般的なおむすびころりんのお話は大体こんな感じか。

山へ芝刈りかなんかに行ったお爺さんが、お昼になってお婆さんが握ってくれたおむすびを食べようとしたところ誤って落としてしまう。
坂道を転がるおむすびを追いかけて行ったが無情にもおむすびは穴の中へ。
ところが不思議なことに穴から楽しげな歌が聞こえてくる。
転がり込んだおむすびを題目にした歌だ。
面白くなってまたひとつおむすびを落としてみるとまた歌が。
ついに全てのおむすびを穴に落としてしまったおじいさんは自分も穴に転がり込んでしまう。
そこでおむすびのお礼にネズミから接待を受けて…

といった具合。
なんてことない昔話のさわりの部分。
食いしん坊のわたしは、食べ物が出てくるお話が大好きで、絵本でも児童書でもその手の物語をとても好んだ。
十五少年漂流記でもロビンソン漂流記でも食べ物の記述のある場所は何度も読み返した。
(漂流記ばっかだな)

だがわたしは昔から……そう、この物語に初めて出会った幼少期から嫌だ、と思っていた。

わたし的苦しみポイント。
お年を召した方の朝は早い。この日も早起きして山に来ているだろうお爺さんだが、きっとお婆さんはさらに早起きしてご飯を炊き、おむすびを作ったことだろう。
物のない時代、お米は貴重なものだろう。
粟だか稗だか混ざっていたかもしれないが、それだって貴重な食糧だったはずだ。

その!貴重な!愛情のこもったおむすびを!
あの男はっ!!

最初のひとつについては責めまい。
誰だって手元が狂うことはある。
穴にまで落ちるほど足腰が弱っていたならなおのことだ。
わたしだってよく皿を割る。
なんなら高校時代のバイト先の中華料理店では勤務初日と翌日の2日続けて茶碗を割ったこともあったくらいだ。
さらに彼はおむすびを拾おうと追いかけるまでした。
視界の片隅に捨て置いたわけではない。
拾ってどうするのか、衛生観念とかはさておき、その心意気は認めようではないか。

だが。あの男の次の所業にわたしは震える。
歌が聴きたいと、ただそれだけのことでお婆さんの手作りおむすびを次々と……最後のひとつに至るまで穴に落としてしまった。

妻が
朝早くから
準備してくれた
おむすびを、だ。

お捻りなら自分で用意するべきだ。
お婆さんの愛情に対する態度がそれか。
想像力の欠如。
話を聞いたお婆さんが喜ぼうがそんなことはわたしには関係なかった。
わたしの中のフローレンス・ピューが何度も雄叫びをあげている。


先にも述べた通り、わたしはとても食いしん坊である。
だから、お爺さんがおむすびを食べたいと思った段階でそれを落としてしまった悲しみもわかるのだ。
幼い頃、初めて二段アイスを買ってもらった時のことだ。
勿体無くてなかなか食べられないでいたわたしは、アイスを眺めながら母と共に店舗から駐車場までの道を歩いていた。
駐車場は道路を挟んだ向かいにあった。
信号のない横断歩道があり、わたしたちに気がついた車が停車した。
母はドライバーに気を遣うあまり、急かすようにわたしの手を引いた。
その瞬間、アイスは2つまとめて歩道に落下した。
あの時の悲しみ。悔しさ。虚しさ。
黒々としたアスファルトに散ったブルーとピンクのコントラスト。
手の中に残ったコーンの軽さ。
今もその光景を鮮明に覚えている。
それがおむすび的悲話。


おむすびを落とす悲しみは、お婆さんが握ってくれたというおむすびの軌跡を思うと更に強まるわけだが、同時に湧いてくるお爺さんのその後の……鬼畜の所業に対する……怒り。
パートナーが小学生時代の遠足の話をしてくれたことがある。
彼のお弁当はいつもおむすびだったが、その遠足の日は、母親にサンドイッチとおむすびの二刀流弁当をリクエストしたのだそうだ。
いつの時代も二刀流は一目置かれる存在だ。

わたしに負けず劣らず食いしん坊の彼はリクエスト弁当を食べるのを数日前から大層楽しみにしていた。
遠足の行き先は海だった。
よく歩き、空腹というスパイスも存分に効かせた上で海辺に座り弁当を開いたその時、友人が彼の目の前を駆け抜けて行った。
ものすごく楽しみにしていた弁当は一口も食べられないまま、友人の蹴り上げた砂をかぶってしまった。
かくして弁当の蓋は閉じられ、みんなから少しづつ弁当を分けてもらうという悲しいランチタイムとなった。
誰だって大好物は手放さない。彼の元にはそのようなおかずたちが集まった。
それがおむすび的怒話。


恨み……晴らさで……おくべきか……。
わたしは落としたアイスの恨みを消化できずにいたが、彼はそれで終わらせなかった。


後日、遠足を題目にした作文を書く授業があったそうだ。
そこで書いた彼の作文のタイトル。
『あらかわ君がにくたらしい』
その作文は母親によって大切に保管され、今も我が家の納戸で眠っている。

時々引っ張り出してそれをみるたび、可笑しさと共にわたしの胸の奥はおむすび的感情のせいでギューとするのであった。

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