雨と花


こういう雨の日は、どうしても思い出す。

急な雨で傘なんか無く、着古したパーカーのフードをかぶり、あてもなくくすんだ道を歩く。
誰にも会いたくないけど家で一人でじっとしてることもできない。
一人でいると、思い出したくもない記憶がわんわん耳鳴りのように頭の奥で響く。
雨だと余計に。

ふとコーヒーの香りが鼻をかすめ、キュヒョンは足を止めた。
そこは何度か前を通ったことのある店で、軒先にたくさんの花が並べられており、ぼんやり花屋なんだろうと思っていた。
しかしじっと扉を見つめると、小さく《喫茶》の文字が。

キュヒョンは普段は酒ばかり飲む。
酒を飲んでいれば頭がぼぉっとし、いろんなことがどうでもよくなるから。
でもたまに、コーヒーの匂いが嗅ぎたくなる。
コーヒーの匂いを嗅ぐと、心が平らになる気がする。

カラン

木の扉を押し開けると、中からは花たちの草いきれが。

(うわっ……公園みたい)

なんだろう、嫌いな匂いじゃない。
スンスンっと花の匂いを嗅いでみる。

(花ってこんなに、葉っぱみたいな匂いすんだな)

つやつやとした花たちを眺めていると、

「良かったら、こちらに…」

振り返るとそこには、線の細い青年がいた。
キュヒョンはぼぉっとしたまま、促されるままにチェストに腰がけた。
ついっと、カウンターの中にいる青年に目をやる。
スッと伸びた切れ長の瞳の中には、少年のような輝きをたたえる青年がそこにはいた。

(ふぅん)

「コーヒー…、飲みますか?」

接客業してるくせになんて苦手そうに話すんだろう。
話しかける彼をそっと下から見上げる。

『僕、コーヒー飲めない』

キュヒョンの言葉に彼は面食らったような顔をし、押し黙ってしまった。
困った顔をしてるけど、迷惑そうな顔はしていない。

『でも匂いかぎたい。あったかいやつちょーだい』

その彼は少し困った顔のまま、ガリガリと豆を挽き始める。
店内にBGMは無く、外の雨音と彼がコーヒーを作る音(ガリガリガリの後はコポコポ)だけが響く。

(ふぅん)

カウンターの木の机に頬をつける。
雨だからか、木が湿気てる。
なんだかばあちゃんちを思い出す…。

「花は…」

おずおずと発せられる言葉。
キュヒョンは顔だけ動かし、店員を見上げる。

「花の匂いは、嫌じゃないですか?」

伏し目がちにそう尋ねられ、キュヒョンは相手をじっと見つめる。
恥ずかしそうに目を伏せる相手を。

『やじゃない』

伏せた目をまばたきするばかりで、こちらを見返してはくれないその青年を。

コーヒーのいい匂いがしてきた
なのに花と葉っぱの匂いもする
部屋の中にいるのに、まるで外にいるみたいだ

キュヒョンはそのまま目をつむる。
ここは落ち着く、と思った。
昔の思い出が迫ってきても、どうしてか心が苦しくならない。
後悔や焦燥感や、悲しい気持ち、それらが不思議と込み上げてこない。
ここ好き。
目をつむりながらキュヒョンはぼんやりそう思った。

カチャン

カウンターにコーヒーが置かれる。
キュヒョンは体を起こし、濡れた体を温めるようにカップをそっと両手で包み込み、スンスンと鼻を寄せた。
コーヒーの香ばしく、さっぱりとした優しいにおいがキュヒョンを包む。
ズッ…と少し飲んでみる。

(にがっ)

顔をしかめるキュヒョンの横に、ふかふかしたタオルが置かれた。
えっ?とびっくりし横を見上げると、気まずそうな顔をした店員がそっぽを向きながら、

『風邪…引きます』

そうつぶやいた。
キュヒョンは思わずじっと店員を見つめた。
伏せられたまつげが目の下に影を落としていた。
店員の手に、手をぽんっと重ねてみる。
伏せてばかりだった目が、驚いたようにこちらを見つめてきた。

(やっぱり)

キュヒョンは唇だけで微笑み、

「あんた、綺麗」

そう言い、重ねた手をぎゅっと握る。

(ようやく目が合った)

店員は驚いたようにキュヒョンを見つめ、赤くなった頬を隠すようにうつむくとさりげなく手をどけてしまった。

(ちぇ)

キュヒョンはコーヒーに角砂糖を4つ放り込むとくるくるかき混ぜ、ズッとすする。

『…甘い方が、お好きですか?』

「うん、甘かったら飲める」

店員から、安堵したような息が漏れる。

(変わってんの)

温かく甘いコーヒーをゆっくり味わう。
静かな店内に、小さな鼻歌が聴こえる。キュヒョンはゆっくりと目を閉じた。
鼻歌は、自分から漏れ出ていた。

(変なの)

店員は目を伏せ、キュヒョンの鼻歌に聞き入っているかのように薄く微笑んでいた。
グラスを拭くその手に、思わず触れたくなった。
…途端、冷たい感覚が背中を走る。
キュヒョンは残ったコーヒーを喉に流し込み、カチャンと音を立てカップをお皿に置く。
パッと顔を上げる店員の方をなるべく見ないよう、1万ウォン札をテーブルに置き黙って席を立った。

『あっ…あ、ありがとうございました…』

店員の声に後ろ髪を引かれるように、ドアノブに手を伸ばしたまま止まるキュヒョン。

「また…来てもいい?」

あぁ、なんてバカなことを。
なんてくだらないことを聞くんだ。
でもキュヒョンの耳は、体は彼の声を待っていた。

『待ってます、いつでも来てください』

微笑む気配を背中で感じ、逃げるように店を去るキュヒョン。
手には、彼が与えてくれたタオルがきつく握りしめられていた。




母は9歳の頃に死んだ。
体の弱い人だった。
父は優しい人だったが、母が死んでから仕事に家庭にいっぱいいっぱいになり、
キュヒョンが中学を卒業する年にいなくなってしまった。
身寄りもなく、学歴もなく、そんなキュヒョンにできる仕事は限られていた。
なし崩しに入ったこの世界だが、キュヒョンには不満は無かった。
通り過ぎていく人は、優しい人もいてそうでない人もいる。
キュヒョンにひどいことをする人もいたが、その分対価がもらえる。
人は人で、痛みは痛みで、お金はお金。
それらはただ、キュヒョンの上を雨のように通り過ぎていくだけ。
高めもせず、損ないもしない。
そう思うことで、キュヒョンは自身の身を守っていた。


昨日の客は、しつこかった。
キュヒョンにNGがないことを知っていたからか、
両手足をきつく縛り、彼の体をしつこく何度もいたぶった。
さすがのキュヒョンもぐったりと疲れ、束の間虚しい気持ちにも襲われ、今日は仕事を休み久しぶりに顔なじみのバーに顔を出した。

『あ〜ギュ〜!ひさしぶり〜』

キュヒョンに気付いた顔見知りが次々にキュヒョンに挨拶をする。
適当に挨拶をかわしカウンターに座った。
ここのマスターは無口で気に入ってる。

「ウィスキーのロックちょうだ…い…」

見上げるとそこには、いつものマスターではなく先日の喫茶店の店員がいた。
相手も驚いたように目をみはりキュヒョンを見つめていた。

『あっ……ウィスキーの、銘柄はどうしますか…?』

「えっ、あっ……なんでも、いい…」

(驚いた…なんでここに?)

そこはバーと言っても普通のバーではなく、いわゆる同性愛者がパートナーを探す場所でもあった。
今日キュヒョンは、仕事を忘れ誰かを抱くか抱かれるかしたかった。
そこに彼がいたことにびっくりしたし、少し気まずくもあった。

注がれたウイスキーを喉に流し込む。
ウイスキーの、喉をヒリっと焼くような熱さが、心を落ち着けていくのを感じる。
グラスの中の丸い氷をカラカラと回し、店員を下からすくい上げるように見つめる。
場所は違っても、彼のまとう空気は不思議と変わらなかった。

「なんでここにいるの?」

キュヒョンの問いに、伏せていたまつげがビクッと揺れる。

『知り合いに……頼まれて……』

ふぅん、とキュヒョンは思った。
彼もそっちの気があるんだろうか?
グラスを掴む手がそわそわする。
自覚せずにはいられない、この嬉しい気持ちを。

(また目が合わないかな)

彼の目はすっと細く切れ長で、キュヒョンの丸っこい目とは違った。
とても、綺麗だった。
グラス一つ一つを布巾で拭くその指も、細く綺麗だった。
アルコールがゆるく沁みていくのを頭の端で感じながら、彼を見ることを止めることができない。

「ねぇ、あんたも飲んで」

キュヒョンは同じウイスキーのロックを彼に勧めた。
彼は相変わらずまつげを伏せ、しかし諦めたかのようにぐいっとグラスを空ける。

(なんだ、酒強いのか)

少しがっかりしたキュヒョンをよそに、彼はコトンと空になったグラスを机に置き、
机に両手を置きじっとしたかと思うと…

「ちょっ…!えっ……!!」

音もなくバタンと後ろに倒れてしまった。






「………あ、起きた?」

薄っすら目を開けた彼を覗き込むキュヒョン。
結局放っておくことは到底できず、でもバーのヤリ部屋に連れ込むこともできなくて、
何とか引きずりながら自分の部屋へ連れ帰っていた。

『ん…………』

目をトロンとさせ、キュヒョンの服の端をきゅっと掴む彼。
目の縁が僅かに赤くなり、唇も赤く充血し、まるでキュヒョンを誘っているかのようだった。
しかしキュヒョンはグッと心を押し込め、体を離す。

「酒飲めないんなら、断わりなよ」

なんとかなけなしの理性を働かす。
これまでしたこと無いが、彼に対してはむき出しの欲望をぶつけることができない。

『んぅ………』

「水、飲む?」

差し出した水をじっと見つめる彼。
体を起こそうとぐらぐら揺れる彼の背中を支え、コップに手を添えながらゆっくり水を飲ませる。
唇の端からつぅっとこぼれた水が、彼の顎を伝い喉へと垂れていく。
コップを離した唇も水で濡れていたため、キュヒョンは指できゅっとその唇を拭った。

「気持ち悪い?」

心配そうなキュヒョンの声に、彼はトロンとした瞳をキュヒョンに向けじっと見つめる。

『………ぎゅ?』

「ん?」

突然あだ名を呼ばれ、ドキッとする。

『…………ぎゅって………みんな、呼んで……ました……』

体をグラグラさせながらも依然として敬語で話しかけてくる彼。

「あぁそれ、あだ名」

『………あだな…』

「うん、キュヒョン。名前」

倒れそうな彼の後頭部に手を添えるキュヒョン。
随分酔ってるように見えるが、未だ失われない美しさに目が奪われる。

『きゅ、ひょん』

「うん」

ほんのり赤くなった頬に手を添える。
もう寝かした方がいいかな?
ほんとはもっと、話がしたいけど。

『じょんうん』

「うん?」

『おれの…ヒック……なまえ、じょんうん、です』

「ジョンウン」

あぁ、名前が付いてしまった
忘れられなくなったじゃないか

「ジョンウンさん、具合どう?気持ち悪くない?」

ジョンウンの頬に手を添えたまま、キュヒョンは彼に体を寄せる。
ジョンウンは酒でとろけた瞳のまま、キュヒョンをじっと見つめていた。

『ない、です……よいました…』

「そうだね…」

薄く開かれたままの形の良い唇に、引き寄せられるようにキスをする。

『んっ……』

ジョンウンからかすれた甘い声が漏れ出る。
キュヒョンは唇を離しジョンウンをそっと見つめると、
彼は眉根を寄せ困ったように眉を下げていた。

「ごめん、やだったよね……えっ……」

体を離そうとしたキュヒョンの服がグイッと引っ張られ、そのままジョンウンに唇を塞がれた。
彼の、薄いのに柔らかい唇が押し付けられる。
酒で甘くなった舌がキュヒョンの唇に這わされる感覚に、頭の奥がかすんでいく。
キュヒョンは彼の顎を指で押し下げると、開いた口内深くに舌を差し込んだ。

『あっ……んぅ………』

彼の薄く尖った甘い舌。
普段、仕事でキスなんて当たり前におこなってる。
なのにどうしてこんなに頭が熱くなるんだろう。

唇を離したジョンウンの顔は溶けそうな顔をし、甘えたようにキュヒョンを見つめていた。
酔っているから、こんな顔をするのか?
だからこんなに、まるで物欲しそうな、僕のことを大好きみたいな顔をするのか?

勘違いしそうになることを止めたいのに、ジョンウンのことが欲しくて仕方ない。
彼を自分のものにしたい。
彼が、自分のことだけを求めるようになってほしい。
なのに…それと同じくらい、いやそれ以上に、そうなることがこわい。
誰かに依存してしまいそうになる、この気持ちがこわくて仕方ない。

ベッドに押し倒し甘えた子のようになったジョンウンを抱きしめキスを落とす。
ジョンウンは体をキュヒョンに押し付けてくる。
甘えるように、ねだるように。

「っ…ねぇ…!」

唇を離しジョンウンを見つめる。
見上げるジョンウンの瞳に、息を呑む。

「やめてって言われても、もう途中で止めれないからね…?」

ジョンウンは押し倒すキュヒョンの腕をぎゅっと掴み、トロンとした瞳でぼんやりと見上げた。

『なんで、やめるんですか…?』

そう紡ぐ唇は、二人の唾液で濡れて光っていた。
キュヒョンはジョンウンの髪を掴み上を向かせ、あえぐ唇を乱暴に塞ぐ。 
酒に酔い甘える姿を見るのが、自分が初めてであることを心の隅で祈りながら。



ジョンウンの細い体に唇で触れていく。
シャツをはだけると想像していたより細く、しかし思いの外に筋肉質な体で、頭が興奮でゆだりそうになる。
ジョンウンは声を押し殺すタイプなのか、時折吐息が漏れるばかり。
彼が喜んでるのかそうでないのかもよく分からず不安な気持ちに襲われる。

僕ばっかり、気持ちいい

「ねぇ…気持ちいい?」

ジョンウンの顔を掴まえそう問う。
ジョンウンは眠たそうに瞳を細め、とろけそうな顔でキュヒョンを見つめ返した。

『っ……きもち…いい……っ…』

切なげに眉根を寄せる表情が、赤くなった頬が、キュヒョンを誘う。
興奮を押し殺すように、ただぐっと唾液を飲み込むキュヒョン。
下着を下ろすとジョンウンのそれは硬く立ち上がり、汁を溢れさせていた。
キュヒョンは根元に手を添えると、それをゆっくり口内に呑み込んでいく。

『ひっ……あっ………』

ジョンウンの体がびくっと跳ね、口内のそれも硬さを増す。
喉奥まで呑み込んだまま、ゆるゆると舌を這わす。
弱い箇所はすぐに見つかり、そこばかり尖らせた舌で執拗に責めると、あっという間に達しそうになっているのを感じる。
達する寸前で唇を離し、荒い息を吐くジョンウンをじっと見下ろした。

「…あんた、どっち?」

ジョンウンは酒と快感でまどろんだ瞳をぼんやりとキュヒョンへ向けた。

『どっち……?』

ローションに手を伸ばし、指先にドロリとした液体を落とす。

「入れる方と、入れられる方」

この状況で聞くのも野暮だけど。
キュヒョンは礼儀として一応聞きつつ、ジョンウンの膝をぐいっと開き、
ひくつく穴にぬるついた指を這わす。

「ここに…」

穴周りにローションを塗り込み、ゆるくひくついたすきに指を埋める。

『っふ………ぁ……っ……!』

ジョンウンの、かすれた甘い声。
緊張からか中はきつかったが、でもこれくらいなら。

「僕の入れて、きもちーってなる方がジョンウンさんでいい?」

…もう聞こえてないかな。



2本の指で浅い入り口付近を丹念にゆるめていく。

『ふっ……!んっ……んぅ……っ…!』

必死で声を押し殺し、下唇をきつく噛むジョンウン。
さっきまで青白かった体は今では赤く火照り、キュヒョンが指をうごめかす度に体をビクビクと震わしている。
こうして人に快感を与えることは得意で、だから相手がこうなることなんて慣れっこなのに、

あの花屋みたいな喫茶店の彼が、
凛とした静かな雰囲気をまとった彼が、
恥ずかしがりやで目もあまり合わせてくれない美しいそんな彼が、
自分がすることでこうなっているという事実に頭が燃えそうに熱くなる。

「ねぇだめだよ…そんなに噛んじゃ」

空いている方の手で、唇を噛みしめる彼の口に指を入れる。

『ぁっ……でも……声が…っ……あぁっ…!』

「声出るの、恥ずかしい?」

キュヒョンが中の、固く膨らんだ箇所を指の腹でトントンと刺激すると、
それに合わせかすれた甘い矯声がジョンウンから漏れ出る。

『あっ…だ、だめっ………んっ…あっ…!』

彼はそう喘ぎながら、赤く火照った体をのけぞらせ、先端から白いものをどろりと吐出した。

『あっ………!う……ん……っ…!』

はぁはぁと荒い息を吐き、ぎゅっとシーツを握るジョンウン。
しかし吐き出し足りないのか、ジョンウンのそれは未だにパンパンに膨らんでいた。
キュヒョンはたまらない気持ちで、ジョンウンの震える唇を塞ぐ。
こんなにも誰かにキスしたくなることは、初めてだった。
応えてくれる彼の唇。
キュヒョンを受け入れる唇が、開かれる。
その薄い唇の間に舌を差し込むと、震えながらも甘い舌が絡め返された。
ざわざわと心が震え、思わず逃げたくなる。
唇から無理矢理体を引き剥がし、ジョンウンを焦る気持ちでぐっと見つめる。
キュヒョンを見上げるジョンウンの瞳は、深く底の見えないような、引き込まれるような色をしていた。
…ずぶずぶと、彼に沈んでいく音が自身の中から聞こえてくるようだった。




焦る気持ちでゴムを付け、ジョンウンの狭い中に押し入る。

『ふっ……!んっ…あっ………んぅっ……!』

ジョンウンから漏れ出る声の甘さに、頭がぐらぐらとゆだりそうになる。
薄い腰をグッと抑えつけ、たまらない気持ちで腰を叩きつける。
眉根にしわを寄せ、奥を突くたび甘くかすれた声を漏らすジョンウン。
反らした細い喉を、喉仏が上下する。

あぁ…触りたい、全部さわりたい

ジョンウンの、喘ぐ口の中に指を入れ舌に触れる。
反射的にきつく歯を立てられるが、指を噛む歯ですら愛しい。
そのままジョンウンの唇をキスで塞ぐ。
彼の歯が唇に当たる。
ジョンウンの荒い吐息しかもう耳に届かない。
今が永遠に続けばいいのに。

「あっ………!」

……………………しまった

腕から力が抜け、体を支えることができずジョンウンの上に覆いかぶさる。

『……?』

ジョンウンは覆いかぶさるキュヒョンの体を優しく抱きしめ返してくれた。

「…………ごめんなさい、イッちゃった………」

なんだよまじで…なんでこんなときにちゃんとできないんだよ……

残念な気持ちで引き抜こうとするキュヒョンだが、ジョンウンに思いの外きつい力で抱きしめられており思わずジョンウンの方を見る。

(っ…!)

眉を下げ優しいとろけそうな顔で、愛しい人を見るような目でキュヒョンを見つめるその人の顔があった。

やめてくれ、間違えてしまう

「抜かないと…」

体を離そうとするキュヒョンだが、ジョンウンはぎゅっと抱きついたままだった。

『…だめです』

は?

「…出ちゃうよ、精子。あんたの中に」

ジョンウンの視線から顔をそむけ素っ気なくそう言い放つキュヒョン。
が、顔をグッと掴まれ、ジョンウンの瞳と向き合わざるをえなかった。

『…あんた、じゃないです』

「……っ」

『ジョンウン、です。………キュヒョンさん』

そう言うと、優しくキュヒョンを包み込んでくるジョンウンの唇。

あたまが、グラグラする

気付けば、キュヒョンからもジョンウンの唇をかみつくように塞いでいた。



それから結局、呆れるほどに抱き合った。
組敷いた時の彼もそれはかわいかったが、
キュヒョンの上にまたがり不慣れに腰を動かしながら甘い吐息を吐くジョンウンの姿は、
うまく直視できないほどだった。
(と言いつつしっかり眺めてしまい、あっという間に達してしまった)
部屋にあるゴムが尽きてしまいもう終わりにしようと思ったが、
ジョンウンはキュヒョンにしがみつき甘えたままで、
キュヒョンからも到底終わりにできそうもなく、
その後は何度もジョンウンの中に注いでしまった。



『もぉっ……むり……っ…あぁっ……』

キュヒョンの背中に爪を立て、叫ぶように喘ぐジョンウン。

「…むり……?もう、だめ……?」

あぁなんて甘いんだろう

キュヒョンはジョンウンの首に流れる汗を舐め、そのまま耳に唇を寄せる。

きっともう、二度と会えないんだろうな
酔った勢いで抱かれたにすぎないんだろうな

そう思うと今この瞬間一つ一つが愛しく、もはや自身の体力も底をついてるのに、
まだ欲しいあと少しだけ、そんな気持ちで彼の奥を突いてしまう。

『っぅあ………!そこっ………だめ……っ…!』

ジョンウンは泣きそうな顔でそう訴え、幾度ともしれない絶頂に達するのだった。
キュヒョンは、泣きそうな顔でぎゅっと目をつぶり震えるジョンウンをじっと見下ろした。
ズルッと彼から自身のものを引き抜き、そのまま寝入ってしまったジョンウンの横に体を倒す。

震えるまぶた、長いまつげ、薄い唇、小さな耳

一つ一つ瞳に焼き付けるようにじっと見つめ、でも重たく下がるまぶたに抗えず、キュヒョンも眠りの底に落ちていくのだった。





顔に当たる光のまぶしさに、重たいまぶたを開く。
予想していた通り、目の前には誰もいなかった。
もっと寝ようと思うのに、頭の奥がどんどん冷やされ覚醒していく。

…期待なんてしてない、大丈夫

だるさが残る体を伸ばし、重たい頭のまま寝室から出る。
と、香ばしい香りが鼻をかすめた。

え………?

違う、まさか
そんなはずない

はやる気持ちでキッチンに続く扉を開ける。
その音でこちらを振り向くジョンウンの姿が。

「っ…………」

『あ、おはようございます…』

少し照れたようにはにかむ、ジョンウンの姿がそこにあった。
香ばしい香りの正体は、やはりコーヒーだった。

「はっ……、え………?」

呆然と立ちすくむキュヒョンを、少し照れながらも見つめるジョンウン。

『勝手にすいません…俺コーヒーしか、入れられなくて…』

信じられない気持ちでジョンウンを見つめる。

「は……なんで………なんでまだ、いんの………」

ジョンウンはキュヒョンの言葉にハッと目をみはりキュヒョンを見つめ返す。

『か、帰るべきでした…?ごめんなさい、こういうこと、よく分からなくて…』

おろおろとコーヒーの入ったカップをキッチンに置くジョンウンのそばに行き、キュヒョンは彼の存在を確かめるようにぎゅっときつく抱きしめた。

『キュヒョンさん…?』

ジョンウンのうなじに鼻をうずめ、彼の匂いを吸い込む。

「…うちにコーヒーなんかあった?」

『分からなかったので…コンビニで買ってきました…』

おずおずとキュヒョンの背中に回されるジョンウンの腕。

「お風呂は?入った?」

『すいません…お借りしました』

「…もっかい入る?」

『えっ?』

「…お風呂、一緒に入る?」

『い、一緒に?』

戸惑ったジョンウンの声にキュヒョンは薄く微笑むと、

「うそ、じょーだん。お風呂入ってくる」

抱きしめていたジョンウンの体を放し一人バスルームへ向かうのだった。



いつもより熱めのシャワーを体に浴び目を瞑る。

まだいた
僕の家にいた
帰ってなかった

熱いシャワーを顔にも浴びせる。
ただ事実だけを飲み込み、期待しそうになる深読みしそうになる心を洗い流すように。

昨夜の残滓でベタついた体を洗い流していたとき、

ガチャッ

扉の開く音に振り向くと、そこには恥ずかしそうにうつむいたジョンウンが、何もまとわない姿でバスルームへ入ってきていた。

「っな……!」

窓から差し込む光で明るいバスルーム、
日の光の中で改めて見るジョンウンの引き締まった体。

「なっ……なにしてんのっ…!」

慌てたキュヒョンにそっと近寄り、キュヒョンの手からスポンジを奪うジョンウン。

『洗ってあげます』

顔を上げたジョンウンの頬はほんのり赤くなっていたものの、人見知りで恥ずかしがりやな顔ではもうなかった。
思わず息を呑むキュヒョンをよそに、彼の体を隅々まで泡で洗っていくジョンウン。
キュヒョンはされるがまま、ぼーっとジョンウンを眺めていた。
ふいに顔を上げたジョンウンと目が合うと、ジョンウンはふふっと微笑んだ。

『泣かないで』

え?

言われて初めて、自分の目から涙がこぼれていることに気が付いた。
あとからあとから涙があふれ、頬を伝い流れ落ちていく。
ジョンウンはキュヒョンを優しく抱きしめると、背中を優しくさすった。

『泣かないで』

「泣いて、ない」

『うん』

ジョンウンはキュヒョンの頬を優しく拭うと、そのまま両頬を優しく両手で包み込んだ。
キュヒョンの目の前は涙でぼやけ、その涙に反射した光でチカチカと輝いていた。

『朝ごはん…』

ジョンウンの姿は白く霞むが、しかし目の前にいることが確かに分かる。
キュヒョンはチカチカとぼやける瞳で、ただひたすらじっとジョンウンを見つめていた。

『朝ごはん、食べに行きませんか?』

『俺、朝ごはんが美味しいカフェ知ってるんです』

ジョンウンが、ふわっと微笑みながらキュヒョンにそう話しかけてくる。
キュヒョンの涙はいつの間にか止まっていた。

「朝ごはん…?」

『そうです、朝ごはん』

人と朝ごはんを食べるのなんて、いつぶりだろうか?
父と、食べて以来だろうか?

『順序が逆になっちゃいましたね』

キュヒョンを見つめながら、てれっとはにかんだように微笑むジョンウン。

そのジョンウンを見つめるキュヒョンの胸に、喜びをはるかに凌駕する恐怖が広がっていく。

得なければ、失うことはない。
だからこそ得ることのないよう気をつけていたつもりだったのに、確かにジョンウンという存在がキュヒョンの中に根付いていくことを感じた。
いつか母が病にかすめ取られたように、父が自死を選んだように、ジョンウンも目の前から去っていくのだろうか。
胸が恐怖に侵食されていく。

しかし、不思議にも心は凪いでいた。

きっといつかジョンウンは、キュヒョンの前から去っていくだろう。
そしてその時心はバラバラになるだろう。
しかしきっと、それでも自分は惨めに生きていく気がする。
自分には生きていくことしかできないから。

そしていま、キュヒョンに残された選択肢は、ただジョンウンを受け入れることだけだった。

「うん、朝ごはん、食べよ」

僕はうまく笑えてただろうか。
胸に広がる恐怖は、次第に甘やかな悲しみに変わっていった。
それは決して嫌な感覚ではなかった。

ジョンウンの唇にそっと唇を重ねる。
ジョンウンからはコーヒーの香りがした。
コーヒーの香ばしい香り。
悲しみに満ちていた心が、平らになっていくような気がする。
キュヒョンは、彼が自分の元を去る日が、一日でも先であることを願わずにはいられなかった。


































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