人ときどき猫



はやく、はやく。

扉が開くその間ももどかしく、開けた瞬間につい名前を呼んでしまった。

「ひょく!ただいま!」

鍵をロックし、チェーンをかける。
音で帰宅したことは分かるはずだが…やはり出迎えは無し。

はやる気持ちでリビングの戸を開けると、ヒョクチェはソファでのんびり横になっていた。

「ひょく!」

両手の買い物袋をその場に置き、ヒョクチェの元へと急ぐ。
ンーと伸びをし腕を上げた。これはハグしてもいいよの合図。

(やった!)

嬉しくて興奮してしまうが、嫌がられないように、やりすぎないように、おずおずと優しく抱きしめる。
ヒョクチェの首元に鼻をうずめ、すぅっと匂いを吸い込んだ。

「ひょく…ただいま」

『ん〜…』

ヒョクチェがドンヘの顔に額をすりっと寄せてくれ、ドンヘはそんなヒョクチェの反応におどろきドキドキしつつ首元に唇を押し当てた。

『ふふっ』

くすぐったいのか甘い笑みがこぼれるが、嫌がらない。

(あ、あれ…いいのかな…)

上目遣いでヒョクチェを見やる。
ヒョクチェはうっとりとまぶたを閉じていた。

「え、す、する…?」

ドンヘの言葉にうっとり閉じていた瞳をゆっくり開け…たかと思ったらするりとドンヘの体からすり抜けソファから降りてしまった。
ヒョクチェは再びグーっと背伸びをし、そのしなやかな肢体を思う存分ドンヘに見せつける。

『どんへぇ、お腹すいたぁ』

Tシャツをまくり覗いた白いお腹をぽりぽりっとかき、ヒョクチェは裸足のままぺたぺたと冷蔵庫へ向かってしまった。
ドンヘは一瞬その白い肌に見惚れ(もう何度も見ているにも関わらず)グッと息を呑みヒョクチェの後を追った。

ヒョクチェのリクエストでラポッキを作りこれもリクエストでだいぶ辛めにし、唇をヒリヒリさせながらドンヘは一人後片付けをした。
ヒョクチェはまたしてもソファにくったりと横になっている。
洗い終わったお皿を洗いかごに置くと背中にぴたっとひっつく気配がし、びっくりしお皿を取り落としそうになった。

「ひょ、ひょく?」

頭をこてんと肩に置かれ、愛しい重みに思わず目をつぶる。
ヒョクチェがこんなに甘えてくるなんて、今日はなんて日だ!

『はやくして』

背中にぐりぐりっと頭を擦りつけられる。
その感覚にゾクゾクっと背中に痺れが走った。
グラスはもう、明日でいい。
泡だらけのスポンジをシンクに放る。



「んっ……ぅ………」

ざらざらとした舌が這わされ、思わず声が漏れる。
ヒョクチェは音を立てそれから口を離すと、下からドンヘを見上げた。

「ひょく……」

そのつるつると柔らかい髪に指を通すとヒョクチェはにやっと方頬を上げ微笑み、ドンヘの眼差しを捕らえたままもう一度それを口に含んだ。
ざらりとした舌と、ぽってりと厚い唇がドンヘをゆるく追いやる。

「あっ…あ!ひょく、だめ……うぁっ………!」

今日のヒョクチェはどうしたんだろう
いつもよりも積極的だし、いつもより…いつもより…あぁもう、思考が…



「ひょく…え…乗るの…?」

ぐったりしたドンヘの上にヒョクチェがまたがり、ドンヘをうっとりとねめつけたままゆっくり腰を下ろしていく。

「あっ……!ひょく、あっ……!」

『はぁ……すご……』

ヒョクチェが腰を上下させる度に、ヒョクチェのそれもふるふると揺れ雫がぽたぽたとドンヘの腹の上に落ちた。
ヒョクチェはうっとりとまぶたを閉じ、ゆるゆると腰を揺らしていた。

いいかな…少しくらい

ヒョクチェの細い腰を掴み、グッと奥に腰を進める。

『あっ…!だ、めっ……!今日は、ぼくが……っ…!』

ヒョクチェを組み敷き足を大きく開かせ、奥へさらに腰を進める。

『やっ…!あ……ちが……っ…!ばかだめっ………ぅあっ……』

あぁヒョクチェの声は甘いなぁ…

細い腰を捕まえながらゴンゴンと奥を突き、ヒョクチェはもはや声もなくただその白い喉をのけぞらせていた。
猫になるときしっぽが生える場所をぐりぐりっと手で圧迫すると途端ヒョクチェの体が大きく跳ねた。

『そこっ…!やめっ、ばかぁ……っ!押すなぁ……!』

顔を真っ赤にとろかせ、ぐずぐずと涙目でいやいやをするように弱々しく頭を振るヒョクチェ。

「ひょく…ひょく、爪出てる…」

背中に回されたヒョクチェの爪が、むき出しのドンヘの肌へぎりぎりと立てられているのを感じる。
いてて

『ばかぁ…っ…どんへっ……!』

ぎゅうっと中が収縮しヒョクチェは短く声を上げると、ただグッとシーツを握りしめているのが見えた。
小刻みに震える指。

あぁ、ひょく…俺のかわいいひょく…

さっきとは違いドンヘはヒョクチェのことをきつく力任せに抱きしめると、ヒョクチェのやわらかい最奥に熱を放つのだった。



そのまま眠ってしまっていたヒョクチェの寝顔をじっと見つめていると、まつげがピクピクっと震えヒョクチェが目を覚ました。

起きた!

「ひょく…」

ふんっ

?!ひょく?!

あわわとおろおろするドンへを、ヒョクチェはまだ頬を赤らめたまま目を細めぎゅっと睨みつけた。

『今日は僕がしようと思ったのに』

「え!あ!ご、ごめん…ひょくがあまりにいやらしくて…ごめん」

ヒョクチェは謝るドンヘの手を掴むとパクっと噛みつき歯を立てた。
本気の噛み方じゃない、甘噛みよりかは強いけどでもこんな、こんなことされたら…。

『ふんっもうしないからね……え、ねぇ…』

「ひょく…そんな噛み方されたら、俺…」

『ねぇ、しないって……!ちょっ……うあっ……!』


翌朝


「ん〜………」

寝返りついでに隣に腕を伸ばすも、隣で寝ていたはずのヒョクチェの姿がなかった。

「んっ?!ひょく?!」

ガバッと起き周りを見渡すもヒョクチェの姿は無い。

「ひょく?どこ??」

トイレにも、バスルームにも、ソファにもいない。

もしかして…

ウォークインクローゼットの棚の上を覗くとそこに、小さく丸まるプラチナブロンドの猫の姿が。

「ひょくぅ……ごめん……」

ドンヘの声にピピッと耳を震わせ、ヒョクチェはドンヘに横目をやるとフンッとでも言いたげにまた目を閉じてしまった。
ドンヘはしょんぼりした気持ちでヒョクチェをひと撫でし、眩しくないようクローゼットの扉を少し閉じた。

あぁ、怒らせちゃった…

ヒョクチェはたまにこうして猫の姿になってしまう。
怒ったり、すねたり、寂しかったりすると。
猫のヒョクチェももちろん可愛いけど、でも…。
こうしてヒョクチェが猫になってしまうと、いつも不安な気持ちが胸を埋め尽くす。
このままずっと猫のままだったら…と。

「ひょく…ごめんね。今夜、早く帰るから…ごめんね」

クローゼット越しに弱々しくそう声をかけるが、もちろん返事はない。
ドンヘはしょんぼりした気持ちで支度をし、もそもそと寂しく朝ごはんを食べた。
まるで砂を噛むようだ。

はぁ…ため息を履きながらもたもたと革靴を履いていると、

『今日はラーメンね』

声にバッと振り返るとヒョクチェが寝起きの体で、少し気まずそうに頭をかきながら立っていた。

「ひょくっ…!」

今すぐ抱きしめたいっ…!けど、けど…!

きょどきょど戸惑うドンヘのそばにするりと寄り、ドンヘの顔を掴まえ…

「ふえっ?」

ガブリと鼻を噛まれ、思わず見上げたヒョクチェはフフッと照れたように笑っていた。

『ラーメン。覚えた?』

コクコクッとうなずくと、カバンごとぽいっと放り出されてしまった。
暗くしたスマホの画面で顔を確かめると、だらしなくゆるんだ顔と、鼻の真ん中には薄く歯型が…。

へへ、へへへ……

惚れた弱み。
ヒョクチェも、そう?
今夜はラーメン、なんのラーメンにしようか。
ペダルもいいな。

知らず鼻唄を口ずさみながら、駅までの道を軽やかに歩いていくドンヘであった。





















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