めんどくさい先輩



「今日も飲んでんの〜?」

リビングでくつろぐキュヒョンの元にするすると近づいてくるあの先輩。
キュヒョンはげんなりした気持ちを隠そうともせずに、けだるげにヒョクチェを見上げた。

「僕飲まないですからね、ヒョンとは」

キュヒョンの座るソファにぽすんと座ってくるヒョクチェ。

「冷たいな〜お前はいつも」

ヒョクチェの手には、今日もビールがある。

「酒、やめたんじゃないの」

缶に尖った唇を付け、キュヒョンをちらっと睨むヒョクチェ。

「意地悪言うなよ」

「意地悪じゃなくて笑 やめたんでしょ?えるぷが騒いでたよ」

ヒョクチェはそのままごくごくとその白い喉を反らせ、ビールを喉に流し込む。
キュヒョンはその喉から、そっと目線を外す。見てはいけないものを見てしまったかのように。

「やめたよ、やめたけどでも、たまには飲むの」

濡れた唇をそのままに、楽しそうにこちらを見るヒョクチェ。
キュヒョンはイライラする気持ちのまま諦めたようにソファに体を預け、付けっぱなしにしていた映画に目をやる。

「あーそぉ…」

ヒョクチェはそんなけだるそうなキュヒョンを気にも留めず、冷蔵庫からキンキンに冷えたチャミスルを取り出してきた。

「これ、ぎゅの?」

ヒョクチェはチャミスルとおちょこを2つ持ちちゃっかりそう尋ねてくる。
キュヒョンは気難しい顔をすることに耐えきれず、思わずプハっと吹き出してしまった。

「もぉ…いーよ、飲も」

なんでこのヒョンは…こうなんだろうなぁ…
嫌えない、拒否もできない



「ぎゅ〜………ねぇこれ………何見てんの?」

ソファの端と端にいたはずなのに、気づけばキュヒョンのぴったり横にくっついていたヒョクチェ。
酔うとこの人はこうなる、分かってたのに。

「ただ流してるだけです」

腹が立つ。
今日はどれほど飲んでも酔えない。
並々つがれた自身のおちょこをジッと見つめ、クイッとあおり一気に飲む。
喉をヒリっと焼くような熱さに、かえって酔いが醒めていくようだった。

ヒョクチェが酔うとこうなるってことは前から薄々思っていた。
例えば打ち上げや、遠征先で飲んだ時や、ヒョクチェは楽しそうに誰かに体を寄せ腕をさわり、しなだれかかっていた。
もちろん他意なんて無いんだろうが、それがむしろより厄介だった。
そんなヒョクチェを横目で気にしつつ、でも気づけばいつもいなくなっていた。
それは多分、イドンへと。

だからそんなイドンへと離れキュヒョンの楽園の宿舎にヒョクチェが来ると聞いたときは嫌だと思った。
そんな厄介なやつが来ることはごめんだった。
ごめんだったけど、結局拒めなかった。

「ねぇ…」

さっきからくっついてきてるヒョクチェをぐいっと腕で押す。
ヒョクチェは押されるがままソファにふにゃっと倒れた。
赤らんだ頬と赤くなった唇。
この人は色が白い分、赤くなった箇所がやたらと目立つ。

「部屋で寝て。風邪引く」

体をグラグラっと揺するも、ふふっと微笑むばかりで起きそうにない。
舌打ちしたい気持ちをこらえ、ヒョクチェの体をトントンと叩く。

「ヒョン、寝るよ」

この人は酒弱いくせに僕のペースに合わせて飲むからこうなるんだよ…

ヒョクチェは手をキュヒョンに伸ばし、酒でまどろんだ瞳を薄く開いた。

「ぎゅ〜……連れて、って……」

酔うと舌ったらずになり甘えたような声音になるヒョクチェ。

この手を、離してしまえたら楽なのに
ここでこうしてたって、僕の名前を呼んだって、本当に求めてる人なんてあの人なのに

キュヒョンはまたしても舌打ちしたい気分になり、実際に舌打ちをした。
でもそれはどこか乾いており、ただ唇を鳴らしただけのように響いた。

「はぁ…もう二度と酒飲まないでください」

キュヒョンは吐き捨てるようにそう言いつつ、ヒョクチェの手をぎゅっと握り、酒でとろけた彼の体を抱きしめるように起こすのだった。




「ぎゅ〜……」

「はいはい、いますよ」

こんだけ甘えん坊で、よく今まで生きてこれたな。

隣でゴニョゴニョ言いながらくっついてくるヒョクチェを見下ろしながら、キュヒョンはぼんやりそう思った。

まぁ、こんな風にしたのはあの人にも責任あんだろうけど

ベッドに放るもつないだ手を離してくれず、寝るまでそばにいてと甘えるヒョクチェを拒否しきれず、結局添い寝することとなった。

「ぎゅ〜………いい匂い、する………」

添い寝するキュヒョンにぴったりくっつき、キュヒョンの部屋着に鼻を埋めるヒョクチェ。
キュヒョンは、さっさと眠ってほしくてヒョクチェのおなかを優しくトントンとたたいた。

「ぎゅ〜………ぽっぽ………」

キュヒョンはその言葉にギョッとし、思わずヒョクチェを見下ろした。

ぽっぽ?!

キュヒョンは聞こえなかったふりをし、再びからだをトントンとたたく。

早く寝てくれ…

「ぎゅ〜……ちゅーしてぇ……」

酒でゆるやかに熱くなった体をキュヒョンに押し付けるヒョクチェ。
ヒョクチェと体がふれあっている部分が、熱い。
ヒョクチェの熱が、移ってしまったようだ。

「ねぇ〜……ぎゅ〜………」

勘弁してくれ…

キュヒョンはグッと目をつぶり天を仰いだ。

最悪だ、こんなの
こんな酔っぱらい放っておけばいいのに、そうできない僕が、最悪だ…

キュヒョンはうなだれると一つ深いため息をつき、ヒョクチェの額を押さえ上を向かせ、その赤くなった唇に自身の唇を押し当てた。

「っんぅ………」

ヒョクチェの体がビクッと震える。
ヒョクチェの唇は、やわらかく熱かった。
ゆっくり5秒数え、唇を離す。
ヒョクチェはほぉっと吐息を漏らした。

「…一回だけですからね」

そう言い放ちヒョクチェに目をやると、ヒョクチェは酒でとろけた瞳をじっとキュヒョンに向けていた。

あぁ、頭がぐらぐらする
なんだか頬が熱くなってきた
今更酒が回ってきたんだろうか

「……もう一回…」

ヒョクチェの赤く甘い唇が性懲りもなく、またそうつむぐ。

最悪だ、ヒョンは本当に




「っはぁ……んっ……もぉいっかい………んっ……」

もう一回、もう一回と乞われ、もう何回目?
ヒョクチェの唇は吸い付くようで、その甘さ、柔らかさに歯止めが効かなくなっていた。
ヒョクチェはすがるようにキュヒョンの服を掴み、キュヒョンはただ自身の手をぎゅっと握りしめていた。
キスするたびに、彼の姿が頭をよぎってわずらわしい。

ああっ……もう……!

キュヒョンはヒョクチェからグイッと体を離す。
見下ろしたヒョクチェはハァハァと荒い息を吐きながら、ぐったりとベッドに横たわっていた。
キュヒョンはわずかに残る理性をかき集め、ジンジンする唇を乱暴に拭うと、

「もう二度とあんたと酒飲まない」

そう吐き捨て、ヒョクチェに布団をかけ直すとイライラと彼の部屋を後にした。




だから嫌だったんだ、ヒョンがここに来るなんて
来るなら来るで、ちゃんと置いてこいよ!
キスだって…ほんとはあいつとしたいくせに…!

乱暴に自身の部屋の扉を閉め、乱暴に閉めたのは自分なのに思いのほか大きく響いたその音に、かえってムシャクシャが増す。

こんな風に誰かに乱されるなんて、まっぴらなのに

キュヒョンはそのふわふわした髪をくしゃくしゃにかきむしるも、高まってしまったものは一向におさまらなかった。
扉にもたれかかったまま荒い息を抑えることもできず、
ゆるいスウェットを押し上げてるそれを握りしめる。
Tシャツをたくし上げ、スウェットを下着ごとずり下ろした。

ヒョンはすごく酔ってた、酔った勢いであんなことを僕に仕掛けてきたんだ
意味なんか無い
僕が今してるこれだって…意味なんか、無い

唇に残るヒョンの唇のやわらかさ
甘いようなすっぱいような、ヒョンの汗の匂い
鼻にかかったような甘ったるい吐息

「っ……はっ………!」

Tシャツがずり落ちるのがわずらわしく、たくし上げたTシャツを噛んで露わになったそれをぬるぬるとしごく。

部屋に、戻ろうか?
ヒョンのも、大きくなってた
なら一緒に…?

普段こんなことないのに、もはや冷静な判断はとうにできない。
ただ荒い息を吐きながら、濡れた自身のそれをしごく。
ヒョンに興奮してこんなことしてしまってるはずなのに、頭には他の光景がちらちらと浮かぶ。
例えばあの人に押し倒されている、ヒョクチェヒョンが。
めんどくさい。
こんなの全部めんどくさい。

「あっ…はっあ…………!」

手の中でビクビクと脈打ち、ティッシュを取ることすら間に合わず床とスウェットに抑えきれなかったそれらがこぼれる。
キュヒョンはハァハァと荒い息のままスウェットを下着ごと脱ぎ、よたよたとティッシュを取り床に散らばった精子を拭った。

僕なにしてんだよ…

虚無感と罪悪感で胸が苦しい。
汚れたティッシュをくしゃくしゃと丸めゴミ箱に放るも、ゴミ箱には入らず手前で落ちてしまった。
キュヒョンは小さくため息をつくと落ちたゴミを拾いゴミ箱にぽとんと落とした。
キュヒョンはその落としたゴミをじっと見つめる。

さっきの馬鹿げた考えも、うまく捨てれただろうか

キュヒョンはとりあえず下着をつけ、そのまま布団にくるまれどんよりとした眠りに身を預けるのだった。



翌朝

ダイニングでキュヒョンがトーストをかじっていると、
大きなあくびしながらヒョクチェがリビングにやってきた。

「おはよ〜」

まだ食欲がないのか、ソファにごろんと寝転がるヒョクチェ。

眠いならまだ部屋にいたらいいのに

「…おはよ」

気にしないようにし、トーストにかじりつくキュヒョン。

昨日のは、夢だ。わるい夢

「俺昨日さ〜」

「…」

「いつの間に寝てた?全然覚えてない」

「…眠いって言うから、部屋に連れてったよ」

覚えて…ないんだろうか?
ほっとしたような…腹が立つような…

ググッと伸びをしているのか、ソファからヒョクチェの白い腕がのぞく。

覚えてないなら、その方がありがたい

ヒョクチェはピョンッとソファから下りると、ぺたぺたと裸足で冷蔵庫に行き、水のペットボトルを取り出すとその場でごくごくと飲み干した。
チラリと見た彼の唇は、もう赤くはなかった。

ヒョクチェはそのままぺたぺたとキュヒョンの隣に座ると、テーブルにぴたっとつっぷした。

「ねぇ、ぎゅ〜」

もはや味のしないトーストを、義務的に口に運ぶキュヒョン。

「ヒョン今日オフでしょ、まだ寝てたら」

「オフだけど…ねぇ俺昨日、変な夢見たんだぁ」

「…そぉ」

キュヒョンはトーストを食べきることを諦め、続きを聞くのを拒むように席を立った。

「昨日さ、夢でさ…」

トーストを捨て、ガチャガチャ音を立てながら食器を洗う。

「変なんだけどさ、俺とぎゅが…」

なんて言い出すんだ?

続きを待つも言葉は聞こえてこない。
言いよどむヒョクチェをチラッと見るキュヒョン。
ヒョクチェはキュヒョンのその視線に気付くと、少し慌てたように目を逸らした。

あ、覚えてるんだ

覚えてない方がありがたい、なんて思ってたのに、いざきょどきょどしているヒョクチェを目の当たりにしたら、キュヒョンの中で意地悪な気持ちがむくむくと膨らんできた。
洗った食器を水切りかごに移し濡れた手をタオルで拭うと、キュヒョンはゆっくりヒョクチェに近づいた。
ヒョクチェはパッとキュヒョンを見るも、また顔を逸らしてしまった。

「ヒョンと僕が…なに?」

「…ん?いや、やっぱりなんでもない」

気まずいのか席を立とうとするヒョクチェのそばに行き、ギュヒョンは彼の肩に手を置きそのまま座らせた。

「っ……!」

ヒョクチェはビクッとし、キュヒョンの方を見ようともしないがみるみる耳が赤くなっていった。

僕にあんなことさせた罰だよ、ヒョン

キュヒョンはヒョクチェの赤くなっていく耳にそっと口を寄せた。

「ヒョン…昨日の夢は、ふたりの秘密だからね」

ヒョクチェからグッと息を呑む音が聞こえる。
キュヒョンは緩む口元を手で隠しながら、なんだか楽しい気持ちでダイニングを後にするのだった。






















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