#4 真夜中の流し台 Dorm`s cookbook!?
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其の1~
その日は新月で夕方から金星が西の空にまばゆく輝いていた。
窓から珍しく星がいくつも見えるのでタオコは嬉しくなって、日が沈んでからカーテンを閉めずに開けたままにしていた。軽い晩御飯を済ませた後、彼女はひとつ間接照明がついた雰囲気はいいがうす暗い部屋でいつものようにパソコンに向かってブログを書いていた。
その内容は自分の好きな料理の思い出ばかりだったりレシピをのせることもほとんどしないのだが、タオコにとって日々のブログは自分の忘備録やメモのようなものだった。
タオコは書き終えるとふゅゆーと細く長い深呼吸を一つ、そのあと天井に向かって伸びをして窓から星を眺めた。少しうとうとして仮眠をとったり、入浴したりしているころには金星は北の方角に行ってしまったようだ。
「よっしゃやるか」時計は23時に差し掛かろうとしていた。
エプロン代わりに料理用の全面たらこ柄のロングパーカー(タオコが勝手に料理用にしている)を着て彼女は真夜中の台所に立った。
冷蔵庫を開け日中買っておいた鯵を取り出す。丸々としたなかなかに大きな真鯵だった。それを鮮魚店で見つけた時の嬉しさときたら。タオコはその魚を見て思い出し小さく笑う。店主はおろそうかと言ってくれたけども。「ふふ」自分で捌かずにはいられない。考えるとわくわくしたのだった。
タオコは真夜中に料理をするのが好きだ。静かな台所は集中力も上がる気がする。毎日は無理だが、休日前には少し仮眠をしてから準備をするのだ。
冷蔵庫を開ける音閉める音、
蛇口から水が流れる音、
食材を切る音、
小麦粉やパン粉をはたく音、
菜箸を置く音、
鍋の油が熱されていく音、
だんだん魚が揚がっていく音、
自分の足音、
シンと張り詰めたような夜の、夜中の空気の中に料理の音たちがそっと響いている。隣人は寝てるだろうな、なるべく大きな音は立てないように動く。
まわっている換気扇の向こう側の静けさと夜の空気さえ、感じられるようだった。タオコは無言で耳を澄ませながらただただ熱心にアジフライを作っている。静かな冷たい冬の夜の闇にただこの場所だけが熱を帯びている(とタオコだけが思っている)ようだった。
「完璧ね...」自画自賛しながら揚げたてのそれをかじると、タオコのどこかしらが満たされたのだろうか、彼女は任務を完了した暗殺者のように達成感に満ち溢れ、どっと眠気が襲い掛かるのだった。バタン。
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