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東京オリンピックシリーズ #4 ~スポーツクライミング編/複合で勝つために

今回の東京オリンピックはクライミングにとって新たな一歩を踏み出すステージで、「スポーツクライミング元年」だったように感じます。
元々クライミングは自然の中にある外岩を登ることが起源であり、その後いわゆるインドアクライミング(人工壁を登るクライミング)が普及し、今回のスポーツクライミングへと展開してきました。
クライミング=スポーツクライミングではなく、多様なクライミングが存在しており、人によってその楽しみ方は様々です。今日は「スポーツクライミング」というカテゴリ、さらにはその複合種目で勝つためにどんなアプローチが考えられるか、パフォーマンスビルダーの視点からお話してみたいと思います。


1、「スポーツクライミング」になるということ

クライミングが今回のオリンピックで、スポーツクライミング元年を迎えました。
クライミングは元来人と競うことが目的ではなく、自分の登りを楽しんだり、難しい課題に挑戦したり、その登り方を工夫したりと、人により様々な楽しみがあるものであり、今も根底にはその文化が根付いています。
ただ、今回「スポーツクライミング」となったことで、その限定された大会(オリンピックならオリンピック)で結果を残すこと、結果を収めることが一つの命題となります。
次回2024年パリオリンピックからは「スピード」と「複合(リード/ボルダリング)」の2種目となることが決定しており、今回はその「複合」で勝つために考えられることをまとめました。
(スピードもまた別の機会に記事を書いてみたいと思います)


2、複合で勝つためのポイント

リードとボルダーどちらも強い、これはかっこいいですね。
現状ではどちらかのスペシャリストが多く存在している印象ですので、ここからまたパリオリンピックに向けて選手のパフォーマンスも変わっていくものだと思います。
ではパフォーマンスビルダーの視点ではどのようなポイントが考えられるか。

① ボルダリング
私は、確率論だと考えています。
得手不得手なく、どんな課題が出ても対応できる引き出しの多さ、総合力。
ボルダリングの性質である「大会ごとに、ラウンドごとに課題が変わること」「課題自体にもトレンドがあること」、この性質はおそらく変わることがないので、満遍なく多様な課題に対応できる確率が高い選手が勝ち残る可能性が高くなります。
となると、「課題に対応し続けられる体の基本・進化し続けられる運動の基礎」が必要です。
各種ホールド、壁の傾斜、課題のタイプや動きなど、「あの種類の課題には対応できるけど、こっちにはめっぽう弱い」ではなく、ボルダーのオールラウンダーが理想でしょうか。カチもスローパーも、傾斜もスラブも、じっとり系も瞬発系も、パワーも繊細さも。
と書いてみて、なんと難しいことを求めているのでしょうか笑
けれど、大会で勝つということはそういうこと。
例えば今回のオリンピックではボルダーは3課題だけでしたが、その3課題のうち確実に2課題登れる、あわよくば3課題に近い確率で登れる選手が強いと思います。
「こういう課題が来たら厳しい」と事前にウイークポイントがわかっている状態では紙一重、確実に勝ち切るには…うーん、どうなのでしょう。
これは理想論ですがね!

② リード
「全身を用いた保持力(ホールドを握る力)」が鍵だと考えます。
「指の保持力」ではない「全身の保持力」です。
今回あらゆるオリンピックの種目を客観的に見ていても思いましたが、どの種目もトップレベルの選手は全身のバランスの良さが際立っています。クライマーだから「指や前腕の保持力」ではなく、スポーツクライミングだから「全身の保持力」が求められるのです。
プレッシャーがかかる場面で一手一手繰り出し進んでいくためには、もはや指だけでは太刀打ちできません。足の指先から手の指先まで文字通り全身を使って登る。
けれど、全身の保持力を高めることが、結果的に指の保持力を高めることにも繋がります。
理由は、のちほど。


3、具体的な方法

「だるまの配列を整える」「四駆の登りをものにする」ここに集約できそうです。

●だるまの配列を整える

クライマーと関わってきて圧倒的に感じていること、だるまの一番底のコマである足の裏の状態に特性があります。クライミングシューズを履いている運動が基本になっているため、クライミングシューズを脱いだ状態での運動にめっぽう弱い選手が多いのです。
ここが最大の伸びしろ。
確かにクライミングなので、あの特徴あるシューズを使いこなすことは重要ですが、だるまの一番下にある足の裏・足首の機能を高めることが保持力に貢献します。

だるま クライミング

クライミングは壁を登る競技ですが、私たちが使っているのはあくまで「人間仕様の体」です。人間は直立に立ち、二足歩行することが基本の設定ですので、その基本の力を高めることで、だるまの配列が整い、自然と連動することからその体が本来持っている力を保持力へと転化することができるのです。
一方で足の裏を満遍なく使う、地面に足をついて立つ、歩くベースができていないと、その上に乗っているだるまのコマもばらつき、連動しにくく、体の各パーツが各々で力を出す結果となるため、怪我をしやすかったり局所に負担がかかる、局所的な保持力になってしまいます。

これは私の経験からですが、クライミングシューズを脱いで、ぐらつかずに片足で地面に真っすぐ立つ、これが苦手なクライマーが多い印象です。
まず、立つ、そこから足の機能を満遍なく使って歩く、両足でジャンプする、片足でジャンプするなど、足の裏の、そして足の裏や足首から始まる基本的な機能を高め、股関節や体幹部を始め全身を連動させることが「指の保持力ではない全身の保持力」への近道であり、前述した「課題に対応し続けられる体の基本・進化し続けられる運動の基礎」になります。

そして、ユースクライマーの皆さんへもメッセージ。
幼少期からクライミングに触れることはとてもいいことだとも思います。しかしながら、まさしく体が、そして体の機能ができ上がる幼少期(幼児期~小学校高学年くらいまで)にクライミングと並行して、そしてクライミング以上に、クライミングシューズを脱いで、多様な運動(アスレチックや球技、体操など)に触れておくことでこれらの機能はより向上します。目先のコンペの成績に囚われずに、運動の基本的な能力を高めることが未来のオリンピアンには必須になるでしょう。
(「ユース期・成長期×クライミング」というトピックでは述べたいことが、たんまりあるので、これもまた近々記事を。ほかのあらゆる競技と比べてみても、特に体を酷使する競技だからこその育成ポイントがあります。)

クライミングに馴染みのない方には少しマニアックな話になりますが、これらの基本的な機能の獲得と併せて、保持(ホールドを握ること)の際の手の使い方(クライマーズバイブル第2巻に載っています。この話の基本的な体の特性を獲得した上で保持を考えることで保持力は更に向上しやすくなります)、指や腕を引き付けるのではなく、上半身を上へと持ち上げるようなキャンパッシングボードの活用(これはまだバイブルには載っていません笑 そのうちどこかで表現できる機会があれば…)等を考えることで、保持力は強化され、クライマーとしての様々な能力に磨きがかかっていきます。


●四駆の登りをものにする
もう1点。

だるまの配列と併せて、この四駆の精度を上げていくことも欠かせません。

「人間の体で壁を登る」ことの私の答えが「四駆の登り」です。
確かに上半身は大事ですが、体は連動して動く仕組みを持ち合わせている以上、各パーツだけの強化を考えることはナンセンスですし、怪我の要因にも繋がります。「ぶら下がる」からチンパンジーのような動物の動きを取り入れることもアリだとは思いますが、私たちの体は「人間の体」です。
であれば、人間の体の機能を考えることが大事だと思います。

今回のオリンピックを見て、女王に輝いたスロベニアのヤンヤ・ガンブレット選手、まさしく彼女が四駆の登りであるように思います。
まず見た目に、立った時の姿勢が良く、だるまの偏りを感じさせない体。
後輪を活かして跳ぶこともできれば、前輪を活かして保持力も発揮する。
けれど、腕や手だけで登っているわけではなく全身をくまなく使いこなしている。
もちろんどのクライマーのパフォーマンスもステキでしたが、やはり彼女の強さが印象に残ったオリンピックでした。

●そしてシークレットでもう1点
そこに人間の一番の特性である「回旋」の機能を入れられると最高です。
ヤンヤ選手はその動きを自然とやっています。壁の中で体を連動させる鍵となるのがここです。人間としての体の機能である歩行、これは回旋の動きなくして考えられません。
「人間の体の機能を活かすクライミング」を考える上で、密かなミソとなるのがこのトピック。
ただ、これを書きだすと全く話が終わらないので笑、他の競技の回旋のトピックと併せてまた記事を書きたいと思います。壁の中でもちゃんと回旋できますよ!


4、おわりに

言いたい放題の記事になってしまいました笑

日本はクライミングジムの数も多く、またクライミングジムやセッターの工夫もあって強いクライマーがたくさんいると言われており、仲間内でお互いを向上させあう環境もあります。
だからこそ、クライミング以外の視点からクライミングを強化すること(壁から離れたトレーニングを大切にすること)、そしてそれを踏まえた上で、クライマーとしての専門的な競技力を向上させる体をつくること(壁の中でのフィジカルトレーニングを獲得すること)、この両輪の視点が外せないのです。
数あるオリンピック種目の中でも、クライミングは体への負荷がとても高いものだと改めて感じました。そして、自分でこの記事を書いていても、こんな無敵なクライマーをつくるのは大変だなあと感じてしまいます笑
言うは易し、やるは難しです。
そこが面白いところですが。
そしてこのベースの話と併せて、クライマーの個性、例えば背が高いとか低いとか、どんな動きが得意か、体にはどんな特性あるのかを見極めて、パフォーマンスは構築されていくべきです。
各種能力を強化しつつ、そのクライマーらしいスタイルを確立していくことが選手が強くなる秘訣であり、その結果スポーツクライミングがこれからどんどん進化・変化していくことになるのかなあと、ぼんやりと考えています。

そして今回のこの記事を書いてみて、根本にある私の意見、「腕だけじゃないよ、全身だよ」という考えはクライミングに関わり始めた当初からずっと変わっていません。さまざまなクライマーと出会い、今の私はこの記事を書いています。関わってきたクライマー、そして仲間の皆さんに敬意をこめて。



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