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7年後の打ち上げに向けて〜探査機開発に勤しむ大学院生の奮闘記〜[鈴木 雄大]

 宇宙等の自然を相手とする研究において最初に大事なことは、対象を観察し、細かく分析することだろう。特に筆者の専門分野である惑星科学は、宇宙系の中では珍しく、地球から望遠鏡を用いて観測するだけではなく、探査機で対象天体に「行く」ことができる。はやぶさ2のように試料を地球に持ち帰る探査機は僅かだが、それでも天体の至近距離からの観測により得られる情報は非常に多い。
 筆者は現在、 “Comet Interceptor” という探査機の開発を行っている。
「そんな探査機、聞いたことない!」と思った方も多いだろう。
それもそのはず、本探査機の打ち上げは7年後の2029年で、今まさに開発が進められている最中だからだ。
昨年知り合いのウィキペディアンの方にお願いしてようやく日本語版Wikipediaの記事ができたので、以後お見知り置きを。
 7年後というと、小学1年生が中学2年生になる頃。まだまだ打ち上げは先のように感じるが、今からやることが沢山である。

皆さんは「探査機開発」と聞くとどのような光景を想像するだろうか?業界に入る前の何も知らない筆者は、電気回路を作ったり機械をいじったりしていると思っていたが、それは探査機開発のほんの一部に過ぎない。むしろ、研究者の主な仕事は「最も良い」設計図を作ることにあり、物そのものは民間の業者さんが作ることが多い。
 ここで厄介なのが「最も良い」の基準である。皆さんも何かを選択する際に「AもBもそれぞれ良いところがあって1つに絞れない!」という経験があると思う。それと同じことが探査機開発でもよく起こる。無尽蔵にお金・人員・時間を費やすことができない以上、全てにおいて優れている設計図など存在しない。例えばカメラだったら、視野を優先すると分解能(解像度)が犠牲になることが多い。そこで重要なのが、今まで何が分かっていて、何が分かっていないのか、今回の探査機では何をどこまで知りたいのか、という科学目標を明確にし、それに合わせて最適な設計図を選ぶことだ。

3月号画像1_鈴木雄大

筆者が利用している実験施設の様子。左奥の真空宗槽(銀色の大きな箱)に
実験装置を入れ、左手前(写真外にあるコンピュータで様々な操作を行いデータを取得する。

筆者はこれまで理論研究に軸足を置き、彗星の個性やコマ(大気)の運動について研究を行ってきた。元々は彗星の性質を明らかにするための研究だったが、その過程で得られた知見はComet Interceptorの「最も良い」設計案の選択に大いに役立っている。さらに、現在は装置開発に軸足を置き、この設計案をより具体的かつ現実的なものにするために実験を行っている。まさに皆さんがこの記事を読んでくださっている今、筆者は愛知県の実験施設まで出張し、真空ポンプの轟音が鳴り響く巨大な実験ホールの中で、朝から晩まで探査機に搭載予定のパーツのご機嫌を伺っている(写真)。この実験出張は今回で5回目、実験を始めて約2年が経過するが、ようやく今回実験のスタートラインに立つことができた。では、2年もの間何をやっていたのか。

突然だが、皆さんはご自分の持っている定規等の目盛りが本当に正しいのか、疑ってみたことはあるだろうか?勿論、生活には支障のない程度の誤差範囲で皆さんの持っている定規の “1 cm” は1 cmだし、時間が経っても目盛りの幅が大きく変化することはないと思う(そうでなかったら流石に製品としてマズい)。しかし、実験の世界では計測器が示す絶対的な値がアテにならず、自分で「目盛り」を作る必要がある場合がある。例えば、今回筆者が使用している実験装置では分光器を用いて欲しい波長(色)の光だけを取り出して使っているのだが、実験をしているうちに分光器内の鏡の温度が上昇して変形し、取り出される光の波長が徐々にずれていってしまうことが分かっていた。実験中に波長がどれだけ変化するのか、時間が経っても変化の仕方は同じなのか、どのように実験装置の組めば対処できるのか、1つ1つ丁寧に検証するのに2年を要した。
 よく筆者の指導教員の先生が「当たり前の結果が当たり前に出ることは、決して当たり前のことではない」と言っているが、その言葉通り「当たり前」の結果が出るまでに2年を要した。ようやくここからが本番だが、今回実験施設を使える期間は残り2週間。この2年間の努力がどのような実を結ぶか、楽しみだ。実験結果はそのうち筆者のYouTubeチャンネルで紹介するので、皆さんには是非チャンネル登録をしてお待ちいただきたい。
 最後にしっかり宣伝をして、今回はここで筆を置くことにする。

鈴木雄大1 - Yudai Suzuki (1)

鈴木 雄大(Udai)
東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 博士2年
すいせい(水星・彗星)の大気や探査機に搭載するカメラの開発に関わる研究を行う一方で、「惑星の探検家」としてYouTubeチャンネル「宇宙冒険隊」など多様な媒体で活動中!
Webサイト: http://spaceadv.wp.xdomain.jp
YouTubeチャンネル: https://www.youtube.com/c/uchuuboukentai
宙への扉-Webサイト:https://soratobira.studio.site

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