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エイハブの六分儀-2023.2月号 西 香織

2022年3月、米カリフォルニアのパロマー天文台望遠鏡のZwicky Transient Facilityという広視野カメラの調査によって発見され、その頭文字をとってZTF彗星と名づけられた彗星を求め、 1月末の数日にわたり午前3時から数時間北の空で探し続けた結果、双眼鏡でぼんやりとした青い姿をとらえることができました。 地球最接近の際でも5等級で、肉眼では見つけられないほど暗い天体でした。ご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんね。

実は今回の連日の彗星観測で、北の空の魅力に改めて気づいた次第です。まず、北極星がずっと見ていられること、ほとんど動かないのは眺めやすい。 そして、当たり前ながら双眼鏡でのぞくと、そこにもたくさんのひかえめな星々が煌めいていること。 さらに、コカブという星の存在感に驚いたのでした。

こぐま座β星の2等星でかなり印象的なオレンジの輝きをしています(K4Ⅲ var)。 126光年彼方の星で、20世紀が始まった頃に旅立った光を見ていることになりますが、こぐま座のこびしゃくと呼ばれる小さなひしゃくの水を汲む部分にあるγ星とともに、紀元前1500年頃~西暦500年頃にかけて現在の北極星の一世代前の北極星だった星です。 (その前がりゅう座α星のツバーン)コカブはアラビア語で北の星を意味します。

こぐま座γ星のフェルカドは3等星で、コカブとともに北極の守護者(Guardians of the Pole)という呼び名もあるそうです。 フェルカドとはアラビア語で2匹の幼獣という意味。

我が家の階段上の北向きの窓、それまであまり価値を感じていなかった窓からの眺めは、新しい宇宙への扉を開いてくれたのでした。

エイハブの六分儀-2月号

さて、2月初旬にZTF彗星がかすめたカペラは、ぎょしゃ座α星で42光年彼方にある星です。我々の太陽によく似た黄色い輝きのカペラは、2つの恒星からなる2組の連星同志が回りあっている4重連星。 主星となる連星系は、G型の黄色巨星のカペラAaとカペラAbの分光連星で、互いに0.76auの距離を極めて円に近い軌道を約106日で公転しています。

日本の虹星という名が素敵です。昇る、あるいは沈む際に大気のゆらぎの影響で虹色に輝いて見えるためです。実はどの星でもおこる現象ですが、カペラは特に明るいためそれが目立つのです。

実際に、その虹っぷりを見たいという長年の夢が今回叶いました。「なるほど、虹!」というほどではありませんでしたが、パチパチという感じで様々な色を放って見えたような気もしました。 最も北よりで輝いていて、高緯度の土地ではかなりの存在感。日本でも一年を通して最も長い期間、空でその輝きを楽しむことができます。 クランプ星と呼ばれる恒星で、内部のヘリウムが核融合反応を起こして輝いていて、リチウムがつくりだされています。 カペラはラテン語でメスの子ヤギ、5つの星を結んでできる5角形が目印です。

ぎょしゃ座は、古代アテネのエリクトニウス王の姿で、足が悪く4頭立ての馬車を発明し戦争で活躍したことから、その功績を称えられて星座になったとされています。 実在した人物が星座になった珍しい星座です。

そのすぐ東となりで、冬の大三角の上ではふたご座カストル・ポルックスが見ごろを迎えています。 日本では、旧正月の頃の夜明け前の西の地平線にふたり並んで沈んでゆくその姿から、かどまつ星と呼んでいる地域もありました。確かに、明るい2つの星が並んで沈む様子は見事で縁起物という感じですよ。

「星空を見上げていると、心配事や悩み、そして時間をも忘れることができる」 以前からそう感じてはいましたが、この度も本当に救われる思いでした。 プラネタリウム版「宇宙の話をしよう」の公開前後では、この著書を愛する読者の皆さまのご期待に応えられるのだろうかなど諸々の感情に飲み込まれそうでしたが、 ZTF彗星とのめぐり逢いはそれらをすべて吹き飛ばしてくれました。星々の輝きは、背負っている荷物の重さからひと時でも解き放ってくれるような軽やかさを与えてくれます。あらためて星とともに生きることの幸せを、何度でも、いつまでも伝え続けていきたいと思います。

最後に、3月2日(木)夕暮れ時の西の空で宵の明星金星木星が大接近します。 望遠鏡でのぞくと同じ視野の中に欠けた金星とガリレオ衛星率いる巨大惑星の姿を楽しむことができますので、お見逃しなく!

西 香織
コスモプラネタリウム渋谷「星を詠む和みの解説員」。幼い頃からプラネタリウムに通う。宇宙メルマガTHEVOYAGE 「エイハブの六分儀」で毎月の星空案内を担当。そそっかしく、公私ともに自分で掘った穴に自分でハマり(ついでに周囲の人も巻き込んで)大騒ぎしながらも、地球だからこそ楽しめる眺めを満喫する日々。

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