見出し画像

宇宙っ子が求めているもの

2020年は火星への航路が開く年。今年はNASAだけでなく、ヨーロッパ、中国、そしてアラブ首長国連邦も探査機を送ることを計画している。NASAのMars 2020 Roverはほぼ完成し、最終試験と打ち上げが行われるケネディ宇宙センターへの移送を待つ間、JPLのクリーンルームで試験が行われている。

火星に行ってしまう前にミーちゃんにもう一度見せたいと思い、先月、ミーちゃんをクリーンルームに連れていった。中に入ることはできないが、写真のように二階からガラス越しに作業風景を見下ろすことができる。

「このロボットが、もうすぐ火星に行くんだよ」

と僕が言うと、ミーちゃんは上を見上げ、

「このおやねがあいて、うちゅうにとんでいくの?」

と言った。う〜ん、基本的なコンセプトは間違っていないけど、ちょっと惜しい!

「パパ、あのロボットの、どこをつくったの?」

この質問は難しい。僕が担当したのはソフトウェアなのだが、3歳児にその概念をどうやって説明するべきか。ミーちゃんの質問は全て逃げずに正面から答えるのが僕のポリシー。頭を捻り、こんな説明をした。

「ロボットがね、火星に着いて、どっちに行こうかなって考えるでしょ。どうやって考えるかを、パパが教えてあげたんだよ。」

ミーちゃんは「ふーん」とだけ言って別の話題になった。まあ、いつか分かってくれるのかな、パパのお仕事。

---

もちろん2020年は火星だけではない。

オリンピックもあるし、はやぶさ2も地球に帰ってくる。X Japanは今年こそきっとニューアルバムを出すはずで、阪神タイガースも優勝するはずだし、我がヒーロー・新庄のプロ復帰も間違いなかろう。

そしてもうひとつ。僕の新しい本が出る(はず)である。ストーリーの大筋は既に書いた。年末年始は精神と時の部屋に引きこもり、大きな改訂をした。

書いているのは、「宇宙に命はあるのか」の子ども版だ。

「子ども版」といっても、単にルビを振って文字を大きくするだけではない。内容を大幅に拡充し、文章も一から書き直した。

登場するのは12歳の「ミーちゃん」と「パパ」である。「宇宙に命はあるのか」の内容が、この二人の会話によって語られる「対話形式」にした。

内容は「大人版」を簡単にするのではなく、むしろさらにディープにした。万人うけする本にするつもりは元々なかった。宇宙や科学が好きで好きでたまらない1%か2%の子どもに届けばいい。そう思って書いている。

僕自身がそんな「変わった子」だった。たとえば太陽系の惑星の直径や主要な衛星の名前をぜんぶ覚えていた。絵を描くときはロケットの絵だし、紙工作でアポロ宇宙船を作って実際と同じ行程を再現して遊んだりした。

当然、小学校の友達とは話が合わなかった。ドラゴンボールの必殺技の名前は知らなくては仲間にすら入れないのに、宇宙の話なんて誰も聞いてくれないし、誰もアポロ11号ごっこなんて付き合ってくれなかった。

そんな僕の話し相手になってくれたのが、同じく宇宙マニアの父だった。どんなに好きでも、趣味や興味を共有できる仲間がいなくては面白くない。父がいなかったら、僕の宇宙への興味は萎んでいたかもしれない。

僕は幸運だった。でも、そうじゃない宇宙っ子もいるかもしれない。学校にも家庭にも話し相手がいない、でも心の中では宇宙を夢見る寂しい宇宙っ子たちが。

そこで、僕の父親の代わりになるような本を書いて、彼らに届けたらいいんじゃないか、と思った。それが「子ども版」のコンセプトである。

孤独な宇宙っ子たちが求めているのは、必ずしも知識ではない。彼らは既に本やインターネットで膨大な知識を蓄えている。

宇宙っ子たちが本当に求めているのは、話を聞いてくれる相手だ。蓄えた知識を披露する機会だ。

だから、この本は知識を「与える」だけではなく、子どもたちの話を「聞いて」あげる本にしたいと思った。

作中で、パパは12歳のミーちゃんに一方的に教えるのではない。ミーちゃんが得意げにパパに宇宙の知識を披露し、パパは「すごいねえ、よく知っているねえ」と相槌を打ってあげる。時にはミーちゃんがパパの間違いを正す。ミーちゃんがパパに教えてあげることもある。きっとそんな「パパ」を必要とする子どもたちがいると思う。なぜなら、僕自身がそうだったから。

12歳のミーちゃんのキャラクターは、昔の僕と今のミーちゃんを混ぜ合わせ、妻の成分を大さじ2杯ほど入れて作った。作中の「パパ」は、実際の僕よりも少し優しめである。

目の前の3歳のミーちゃんを見ながら、この子が12歳になったらどんな子になるんだろうな、と想像が膨らんだ。この本の「ミーちゃん」のようになるかもしれない。そうではないかもしれない。

書きながら、ちょっとした偶然に気づいた。この本の対象は小学4年生から中学生くらいに設定してある。今回出すのは「大人版」の第1章に相当する内容だ。もしこれが成功すれば、2章以降も1年おきくらいに出していこうと思っている。

すると、5章まで完結した時、ミーちゃんはちょうど小学4年生に上がろうとする頃だ。この本をミーちゃんは好きになってくれるかな。5年後、遠いようで、案外すぐかもしれない。待つ楽しみがまたひとつ、増えた。

画像1

執筆中の本の冒頭部



画像2

小野雅裕、技術者・作家。NASAジェット推進研究所で火星ローバーの自律化などの研究開発を行う。作家としても活動。宇宙探査の過去・現在・未来を壮大なスケールで描いた『宇宙に命はあるのか』は5万部のベストセラーに。2014年には自身の留学体験を綴った『宇宙を目指して海を渡る』を出版。

ロサンゼルス在住。阪神ファン。ミーちゃんのパパ。好物はたくあんだったが、塩分を控えるために現在節制中。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?