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エイハブの六分儀-西香織

【今月の星空案内】

星空が、のんびりとした印象になってきたでしょうか。5月5日には立夏を過ぎて、新緑が眩しい季節になりましたね。爽やかな風を浴びながら深い呼吸を心がけてみると、寒い間、固まっていた心も身体もほどけていくようではありませんか?

宵時に見える惑星もなく、明るい星が少ない中いちだんと目立っているのが、うしかい座アルクトゥールスです。空の高い位置に見える暖色の明るい星、迷うことはないかと思います。その南よりに対照的な純白の輝きを見せるのがおとめ座スピカ。農業の女神デーメテールとも、正義の女神のアストライアの姿ともいわれています。アルクトゥールスとスピカは、春の夫婦星と呼ばれる春の代表的な1等星です。2つの星を導き出してくれるのが北の空の北斗七星の柄のラインで、取っ手のカーブを曲りなりに南へと伸ばした先に煌めていています。春の大曲線と呼ばれる伸びやかな曲線を伸ばせば、開放的な気持ちになれることでしょう。

アルクトゥールスとスピカと、あと星1つを結んで春の大三角を描きましょう。3つめの星は南の空のひかえめな2等星。しし座デネボラですね。ししのシッポを意味します。三角が結べたら、いつもよりも澄んだ空だということがわかります。

ところで、うしかい座は牛飼いといいながら牛は近くに見当たらず、犬を飼っています。向かって右がわ西隣に描かれている、上の犬がアステリオン、南の犬はカラという名の2匹の犬の、りょうけん座です。

その反対の左、東隣にはかんむり座を見つけることができます。お酒の神バッカスがアリアドネに贈ったかんむりとされていて、小さく愛らしい星の冠は星がよく見える空で見つけやすい星の並びです。先月のイラストに少し書きましたが、このかんむり座が今注目されています。新星が現れる可能性があるからです。かんむり座T星は、ふだんは10等星で肉眼では見えません。しかし、その表面で爆発がおきて2等級くらいまで明るくなるのでは?と期待されているのです。かつて2回の爆発が観測されています。1866年5月、1946年2月、とだいたい80年周期の新星とみられていて、去年から、爆発が近づきつつある兆候が観測されています。2日ほどかけて明るくなってからは、2日に1等ほどずつ暗くなっていくだろうと予想されています。ではなぜ、そのような爆発が起きるのでしょう。それは、近い位置で回り合っている連星のうち片方の恒星(主系列星あるいは赤色星)のガスが一方の白色矮星に流入し、その表面に降り積もった水素ガスが核融合爆発を起こすのです。普通は数千年から数万年のサイクルで起きますが、かんむり座T星の白色矮星は大きく伴星から流れ込むガスの量が多いため短い周期で起きる現象で、前回は第二次世界大戦の戦後間もない復興の最中に現れた新星だったのですね。地上を見渡してみると、情けないことに再び大きな戦争の可能性もささやかれる今、平和を祈りながら新星の再来を待ちたいと思います。

ところで、去年からずっと存在感をしめしていた木星が見えなくなってしまいましたね。太陽の向こう側で、しばらくはお別れです。地球から見て外惑星が太陽の向こう側に位置することをといいます。木星は5月中旬に合を迎えます。

最近コスモプラネタリウム渋谷のスタッフは、見えない木星に対して熱い想いを抱いています。この太陽系最大の惑星に、シューメーカー・レビー第9彗星と呼ばれる彗星が衝突したのが、今からちょうど30年前のことでした。

シューメーカー・レビー第9彗星は、1994年7月16日から22日にかけて、木星の引力によって20個以上に分裂しA核からW核が列車のように連なったまま次々に木星表面にぶつかりました。残念ながら、木星の夜側で起きたため衝突の瞬間を目撃できませんでしたが、後に残されたいくつもの黒い痕跡は地球規模の大きさで、地球の望遠鏡からでも見えるほどでした。その衝撃は核爆弾の数億倍のエネルギー放出であったとも。世界中の望遠鏡と天文関係者の視線が木星に向けられました。当時活躍していたハッブル宇宙望遠鏡や、木星探査に向かっている途中だったガリレオ探査機によって生々しい衝突痕がとらえられています。

実は、1年前にこの彗星の軌道計算をして事前に衝突を予測したのが、コスモプラネタリウム渋谷の伝説のプラネタリアン村松修解説員なのです。アマチュア天文家である村松解説員が、伝説と呼ばれるゆえんです。30年を経た今なお生き生きと目を輝かせて当時の様子を語る姿は、スタッフの憧れです。解説員として、またプラネタリウム技術者として多忙を極めながら軌道計算の勉強を続け、夜は渋谷から八ヶ岳まで通い観測を続けたといいます。その結果、100個以上の小惑星を見つけ、彗星発見にもつながっています。今の自分は、そこまでがんばっているかな?と、背筋が伸びる思いがします。

1年前の衝突予測によって、世界中の望遠鏡を木星に向け、人類は貴重な機会を見事にとらえることができました。村松解説員がフルタイムで仕事をしながら、軌道計算の勉強会に通ったりアマチュア天文家としての活動に夢中だったこの頃、「個人用のパソコンが世に広まって、グッドタイミングだったことも幸運だった」と仰っていました。たゆまぬ努力を重ねることと、人との出会いやタイミングも大切なのだと実感しました。ぜひ、村松解説員に直接触れて、天文だけでなく人柄や生き様など、その魅力を知っていただけたらと思います。

この、SL9とも呼ばれる彗星の木星衝突という大事件は、地球にもその脅威があるということ、この危険性が改めて見直され、国際的な観測の必要性が議論されるきっかけとなりました。現在、日夜地球に接近する小天体をウォッチしているスペースガード協会が発足したのも、ここからなのです。

ということで、コスモプラネタリウム渋谷では、当時の舞台裏の様子を村松解説員に語りつくしていただくイベントを7月に企画していますので、興味のある方はぜひご参加くださいね!

詳細はHPにてご確認ください。(イベント詳細は後日公開となります)

それでは皆さま、素敵な5月をお過ごしください♪

西 香織
コスモプラネタリウム渋谷「星を詠む和みの解説員」。幼い頃からプラネタリウムに通う。宇宙メルマガTHEVOYAGE 「エイハブの六分儀」で毎月の星空案内を担当。そそっかしく、公私ともに自分で掘った穴に自分でハマり(ついでに周囲の人も巻き込んで)大騒ぎしながらも、地球だからこそ楽しめる眺めを満喫する日々。


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