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小宇宙へおいでよ -宇宙研学生コミュニティ-[久保 勇貴]

秋の風が街に染みつき終えた頃だった。数週間ぶりに引っぱり出してきた自転車は、寝ぼけたあくびのようなだらしない音をチャリチャリと立てて僕の体を運んでいた。博士論文に追われ、長いこと家に引きこもって執筆しているうちにすっかり体力も落ちていたけれど、それでいて僕の体はいつになく軽かった。僕は、自分の研究室のある宇宙科学研究所、通称「宇宙研」に向かっていた。その日は、宇宙研学生コミュニティとして初めての対面での学生交流会が行われる日だった。

宇宙研学生コミュニティは、宇宙研で研究を行う学生たちの横のつながりを作るという目的で、僕を含む学生有志で一年半ほど前に立ち上げた新しい団体だ。宇宙研はJAXAという組織の中では唯一、大学のように学生を受け入れている。学生の研究分野は多種多様で、「宇宙」という共通のキーワードのもとに工学系、理学系、学際系のバラエティに富んだ200人ほどの大学生・大学院生が一つのキャンパスに集っているという、それ自体が小宇宙を成しているかのような面白い環境なのだ。
しかし僕が宇宙研に来た当時、自分たちの研究グループ以外の学生とはほぼ交流の機会は無かった。大きな期待を胸に飛び込んできた小宇宙だったけれど、気づけば三年経っても隣の部屋の学生が何をやっているかすら知らないという、なんとも勿体ない状況だったのだ。そんでもって、そういう状況なので人数の少ない研究室の学生はどうしても孤立しがちで、そのせいで生まれる学生間の情報格差も深刻な問題だった。そんな状況を少しでも改善しようと半ば勢い任せに動き出したのが、宇宙研学生コミュニティの出発点だった。

まあしかし、こうやって張り切って動き出した時ほど盛大に出鼻を挫かれたりするもんだから、人生というのは面白い。
学生コミュニティ立ち上げ記念と称して盛大に企画した学生交流飲み会の開催予定日が2020年2月25日、そして、宇宙研のすぐ近くの相模原駅にて駅員の方のコロナウイルス感染のニュースが流れたのがその前日、2020年2月24日だった。
「なんかコロナってヤバいらしいね~」と他人事のように語っていた数ヶ月前から企画を始め、次第に状況が悪化しながらもギリギリまで代替案で調整を図ってはいたが、ついにその相模原駅での感染事例が最後の引き金となり、記念すべき第一回交流飲み会に中止要請が下った。
「まあインフルみたいなウイルスかもとか聞いたし、夏頃にはまた飲み会できるでしょ~」なんて話してその場では溜飲を下げたものの、それ以降一年半以上に渡り、飲み会どころかあらゆる対面でのイベントが禁止され続けたことはお察しの通りだ。産声を上げるやいなや挫かれてひん曲がった出鼻に手当てをする時間もなく、僕らの学生コミュニティはよたよたと歩き出すこととなった。

ただ、やっぱり人生は面白いと思う。
その後の数度にわたる緊急事態宣言や、それに伴う研究所への入構制限によって、コミュニティの解決課題であった学生の孤立はむしろ急加速することとなった。それは奇しくも、「学生たちの横のつながりを作る」というこのコミュニティの活動目的がこれまでになく強烈に求められる時代が、いきなりやって来たということだった。
生まれて飛び出てまたとないチャンス!というわけで、とりあえず実験的に色々な活動をやってみた。新学期になってもキャンパスに入れない新入生のための説明会、理学と工学の学生合同でのオンライン勉強会、元宇宙研の先生によるオンライン英会話教室、ランチタイムのオンライン学生交流会などなど、主催する学生の直接的なメリットになる活動を中心にやってきた。
主催する学生が忙しい時には多少活動が滞ってもあまり気にせず、参加する学生が少なくてもあまり気にせず、細く長く、失敗と反省を繰り返して活動を続けた。できたことは決して多くはないけれど、未曽有のパンデミックによる学生の孤立にわずかながらでも抵抗し続けられたことは大きな成果であったと思う。

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▲第一回ランチタイムオンライン交流会の様子。

だから、秋の風が街に染みつき終えた頃、僕の体はいつになく軽かった。そりゃあそうだ。2021年11月、コロナウイルスの感染者数も落ち着きを見せ、ついに学生コミュニティとして初となる対面での学生交流会が開催されることとなったのだ。
まだまだ盛大な飲み会をするのは難しいけれど、ようやくこの宇宙研という小宇宙を構成する学生たちと面と向かっておしゃべりすることができるのだ。あの時からずっとひん曲がったままの出鼻にも、ようやく落ち着いて手当てをしてあげられる頃かもしれない。
僕を含む立ち上げメンバーは今年でみんな卒業するけれど、コミュニティの後輩たちは頼もしく世代交代を請け負ってくれているので安心だ。

もし今これを読んでいるみなさんが、「宇宙」というキーワードに胸躍らせる学生であるなら、オススメしたい研究所がある。
そこには、君と同じように「宇宙」というキーワードに胸躍らせる学生たちがたくさん集まっている。Googleの検索窓に「宇宙研 連携大学院」などと入れてみれば、その研究所と協定を結んでいる大学とその専攻一覧が出てくるはずだから、そのどれかに進学すれば彼らと一緒に活動できるだろう。
もし君がその一覧に入っていない専攻の学部生であったとしても、受託指導や技術習得などの仕組みでその研究所で活動を行う機会も用意できるかもしれない。「宇宙研 研究室一覧」などと調べてみると研究室の一覧も出てくるので、ホームページを見て気になった研究室には見学希望のメールを出してみるのもいい。
あっ、その研究所の先生は大抵恐ろしく忙しいスケジュールで動いているのでメールはけっこう無視されることがあるけど、大丈夫。彼らは決して君に興味がないわけではないので、懲りずに連絡してみよう。きっと、その研究所は君のことを温かく受け入れてくれるはずです。
というか、君を温かく受け入れるためのコミュニティを僕らが作っておいたので、安心してください。君が、この小宇宙を構成する星の一つとなれることを楽しみにしています。

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▲対面での学生交流会で撮った記念写真。
呑気に両手を挙げているのが著者。

久保勇貴 (1)

久保 勇貴(くぼ ゆうき)

1994年生。東京大学大学院 航空宇宙工学専攻 博士課程3年。専門は宇宙機の軌道・姿勢制御、ロボティクス。東京大学に所属しながらJAXA宇宙科学研究所にも籍を置き、様々な宇宙開発プロジェクトに貢献している。研究活動の傍ら、宇宙と日常生活の繋がりを描くエッセイを書いている。
代表作は連載エッセイ『宇宙を泳ぐひと』(東大オンラインメディアUmeeTにて連載中)
https://todai-umeet.com/writers/340
Twitter: @astro_kuboy 


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