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【宇宙 x 法律】 星を守れ!惑星探査とプラネタリープロテクション!

はじめに

連載2回目となる今回は、惑星探査に注目してみます。
「惑星探査にルールなんてあるの?」と思うかもしれませんが、実はなかなか深い問題があるのです。まずは、最近の惑星探査について復習しましょう。

月、火星、太陽系外探査

惑星保護ニューホライズンズのアロコス観測 

2006年1月に打ち上げられた探査衛星ニューホライズンズは、2007年2月に木星をスイングバイ(重力を使って加速)し、2015年には冥王星の観測に成功するなど、人類の未知への探究心をくすぐり続けてきました。

2019年1月2日には、太陽系の外縁で人類が直接観測できた最も遠い天体ウルティマ・トゥーレ(現名称:アロコス)の観測に成功しています。あの「雪だるま天体」ですね。

はやぶさ2

こちらはもはや説明するまでもないでしょう。
探査機はやぶさ2は、小惑星リュウグウへのタッチダウンに成功し、現在地球を目指して帰宅途中(帰還中)です。

Mars 2020(Perseverance)

2020年は、いよいよ火星への道が開く年です。
今年の夏、ケープカナベラル空軍基地から、小野さんも開発に携わられている火星探査ローバー「Perseverance」が火星へ旅立ちます。
火星衛星探査計画(Martian Moons eXploration:MMX)
日本でも火星探査が計画されており、火星の衛星「フォボス」の資源を持ち帰る計画が進められています。

さて、こうした探査計画ですが、以下のやりとりを見てみてください。

ケース1
技術者A「なんと!火星に微生物がいることが判明したぞ!これは大発見だ!」
技術者B「それ、地球で探査機についたやつだよ。」
技術者A「・・・。」

ケース2
技術者A「正体不明の病原菌が蔓延しているようです!」
技術者B「この間帰ってきた探査機にくっついてきたやつだな。」
技術者A「一体、正体は何なのですか!?」
技術者B「地球外から来たんだぞ!わかるわけないだろ!!(逆ギレ)」

どうでしょうか?
面白おかしく見えてしまいますが、実は重要な問題なのです。

ケース1の場合、その惑星の環境が破壊されてしまうかもしれませんし、何より将来の探査がクリーンな環境でできなくなってしまいます。せっかく成果が得られたと思ったら、たまたま地球から付いてきた有機物だった、という残念な結果になってしまいかねません。

ケース2は地球で謎の病気が広がったり、環境破壊などによって生態系に影響が出たりするなど、予測できない問題が起きてしまうかもしれません。

ケース1のような、他の天体を地球の生命による汚染から保護することをForwardcontamination、ケース2のような他の天体の生命体から地球を保護することをBackwardcontaminationといい、これらの概念を合わせて惑星保護(Planetary Protection)といいます。

この惑星保護を実現するために決められているのが、惑星保護方針(Planetary ProtectionPolicy:PPP)というルールです。

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地球の保護と訪問先の保護をあわせて「惑星保護」

惑星保護方針とは?
惑星保護方針は、国際宇宙空間研究委員会(Committee on Space Research:COSPAR)という組織で決められているルールです。国連や国の機関で決められているものではなく、拘束力はありません。
この惑星保護方針の根拠は、宇宙条約9条にあります。宇宙条約9条は、条約に入っている国に対して、宇宙空間の環境を保護することを求めています。
ちなみに、これを受け日本ではJ A X Aが惑星保護標準というルールを整備しています。
①JAXAが実施する宇宙飛行ミッション、②ミッションへの参加、③他の機関が実施する宇宙飛行ミッションへJAXAが参加する場合には、JAXAの制定する惑星等保護プログラム標準に基づいて開発、内閣府の許認可を受ける必要があります。

5つのカテゴリに分類

惑星保護方針は、天体やミッションごとに5つのカテゴリに分類し、それぞれのルール(要求事項)を定めています。
この分類は、「対象となる天体の化学進化の過程や生命の起源に関する科学的な重要性」と、「対象天体の汚染が将来の調査に悪影響を及ぼす重大性」を考慮して決められたものです。具体的には、火星やエウロパ、エンケラドスといった、「過去に生命を育む環境を有していた可能性があり、宇宙機による汚染が将来の調査に悪影響を及ぼす危惧がある太陽系天体」についてはルールが厳しくなります(出典:ISASニュース 2019.10No.463)。

雑に言ってしまえば、「微生物が撒き散らされたらヤバイことが起きる可能性」が高ければ高いだけ、厳しいルールが適用されることになります。

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それでは、具体的なミッションごとに見ていきましょう。

月ミッションの場合

月の場合はカテゴリⅡに該当し、①簡易な文書作成と②有機物目録が必要となります。有機物目録は宇宙機が持つ有機物を文書化したものです。
一定の上限値を上回る有機物について、必要項目の記載が求められます。

ちなみに、2019年4月11日、イスラエルの民間宇宙団体「スペースIL」が打ち上げた無人月面探査機「ベレシート」が月面への着陸に失敗、月面に衝突したというニュースが世間を騒がせたことを覚えているでしょうか?
「ベレシート」には、アメリカの非営利団体「アーチミッション財団」によって、人間の毛嚢、血液サンプル、そして乾眠状態のクマムシが搭載されていました。
クマムシは極限状態や放射線下でも生命活動を維持でき、乾眠状態となっていたとしても水があれば復活します。

月には水があるといわれますが、もし、「ペレシート」搭載されていたクマムシが月面に放り出されており、かつ水分が接触したとすれば、復活したクマムシが月面で生命活動を再開する可能性があるのではないか、というわけです。
この件についても、惑星保護方針との関係が問題視されました。

はやぶさ2の場合

リュウグウはC型惑星なので、カテゴリⅡに分類されます。
リュウグウについては2012年に表面物質に生物が含まれる可能性がないことがCOSPARで確認されており(それはそれで残念ですが)、探査機について特別な処置は必要ないとされました。
ただし、はやぶさ2の軌道は火星軌道の外側まで到達するので、探査機が制御不能となった時に火星に衝突しないことを証明する必要がありました。この点については、2014年のCOSPARで火星衝突確率の解析結果が報告され、了承されています。
また、同様の理由でリュウグウのサンプルを地球に持ち込む際にも特別な処置は必要ないとされています(出典:はやぶさ2情報源 Fact Sheet Ver.1.5 はやぶさ2プロジェクトチーム)。

ちなみに、はやぶさが2010年6月13日にオーストラリアに帰還した時は、オーストラリアが検疫法に基づいて調査し、危険性は最小限で無視し得ると判断されました。

火星ミッションの場合

火星の場合、ミッションによってそれぞれカテゴリーⅢ、Ⅳ、Ⅴに分類されます。
同じカテゴリーに分類されるエウロパやエンケラドスは、生命が存在する可能性があるといわれている惑星です。つまり、「微生物が撒き散らされたらヤバイことが起きる可能性」が高いグループです。
では、具体的なミッションごとにみていきましょう。

(1)フライバイ・周回ミッションの場合(表面に着陸しない)
火星に着陸しないフライバイ、周回ミッションはカテゴリーⅢに分類され詳細な文書作成、有機物目録、衝突確率解析、汚染確率解析が求められます。

※衝突確率解析
宇宙機が保護される天体へ衝突し汚染する確率が規定値以下となるかどうかを検証する技術                            ※汚染確率解析
地球由来の微生物によって天体が汚染される確率が規定値以下となるかどうかを検証する技術

(2)着陸ミッションの場合
着陸などの地表ミッションはカテゴリーⅣに分類され、詳細な文書作成、有機物目録、有機物サンプルの保管・減菌、バイオバーデン(施設の)管理、材料・部品・組立品に対する減菌といった措置が求められます。

※滅菌
探査機に残留する微生物の数を規定値以下まで低減する技術
※バイオバーデン管理
試料に混入している微生物数の管理

さらに、火星の生命調査のためのミッションかどうか、特別な地域を調査するミッションかどうかによって、求められる管理のレベルが3つに分けられています。特に、火星の生命調査のためのミッションでは、バイキング着陸船で行われた減菌措置以上のレベルが求められます。
※当時、バイキングの減菌については機体を焼くことで行っていましたが、そのために約3億2000万ドルもの費用がかかったようです。

(3)地球帰還ミッションの場合(サンプルリターン)
地球帰還ミッションは「制限された地球帰還」としてカテゴリーⅤに分類され減菌と検証が必要となり、検証できない場合にはサンプルが入った容器を密閉し、封じ込めることが求められます。
具体的には、地球へ地球外生命体が持ち込まれる確率を1/1000000以下とすること必要となり、過去にこの基準が適用されたケースはありません。
雑にいえば、火星のサンプルリターンミッションで課されるハードルは超高いということです。

(4)MMXに向けて
火星衛星探査計画(MMX)に関しては、大学と共同で火星衛星が微生物によって汚染される可能性について研究されてきました。
というのも、MMXで地球への帰還が「制限された地球帰還」に該当するとなると、カテゴリⅤによる取扱い(厳しい取扱い)が必要となるように思えます。しかし、これは技術的にもコスト的にも現実的ではありません。
この研究では、回収したサンプルに微生物が含まれる可能性が1/1000000以下であることが明らかとなりました。
この成果はCOSPARでも承認され、MMXでの地球への帰還は、「制約のない地球帰還」(はやぶさ2ミッションと同様の基準)によって実施することが可能となりました。
火星探査の第一歩を推し進めるための日本の成果といえます。

まとめ
惑星保護をめぐるルールの話題はロケットの打上げや宇宙旅行のルールの影に隠れてしまい、あまり表に出てきません。しかし、宇宙の利活用が進んでいけば、今後、地球の環境問題と同様あるいはそれ以上に議論されるべき分野となっていくかもしれません。

ちなみに、2017年7月、NASAはPlanetary Protection Officer(惑星保護官)というポジションを募集していました。星を守る正義の味方みたいでかっこいいですね。3年の任期付きで、フルタイムで年収$124,406から$187,000とのことです。
現在の募集状況は不明ですが、前任者の任期は今年切れるはずですから、我こそはという方は応募してみてはいかがでしょうか?

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星諒佑(ほし りょうすけ)

外資スタートアップに所属しつつ、個人としても宇宙ベンチャーの支援を行う弁護士。法律というよくわからないものと、宇宙というよくわからないものを掛け合わせた宇宙法を、漫画とインフォグラフィックでわかりやすく解説するnote「3分でわかる宇宙法」著者。
最近はロケットを擬人化して解説する「3分でわかるロケットガールズ」シリーズも。ロケットガールズを引っ提げ、オランダへの宇宙法留学を狙う。第一東京弁護士会宇宙法部会、日本リモートセンシング協会、日本スペースロー研究会、一般社団法人ABLab監事、リーマンサット・プロジェクト知財法務部長

星諒佑「3分でわかる宇宙法」 https://note.com/rys_star?fbclid=IwAR2hbWndO9ECv4zf4cSFkaxYs7yhlrn-SeggCVZE6fklbYDStXGI9ew4M、ME

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