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私の名前はPerseveranceです!

マーズ2020ローバーの愛称が決まった。Perseverance。「忍耐」という意味で、バージニア州に住む中学一年生のアレックス・マザー君の案だ。

コンクールには全米の幼稚園生から高校生まで28,000の応募があった。名前だけではなく、名前に込めた想いを書いた作文を添えて応募しなくてはいけない。最終候補に9つが残り、その中から一般投票で決まった。

アレックス君の熱い思いの込もった作文はこちらから読むことができる。
僕はこのローバーを自分の子どものように感じている。世界中に愛される名前になってほしい。

しかし。白状すると、僕はアメリカに15年住んでperseveranceという言葉を知らなかった。そして読みづらい!僕のメイド・イン・ジャパンの舌が5音節もある英単語をスラスラ発音できるわけがない。

カタカナにすると「パーサヴィアランス」だろうか。余計に読みづらい。スピリットやキュリオシティと違って意味も伝わってこない。いっそ、カタカナ転写をやめて意訳したらどうだろう?忍耐だから「忍」はどうだろう?しのぶちゃん。いい名前じゃないか!「京都にいるときゃ忍と呼ばれたの〜♪」そんな一節が父(1947年生まれ)の歌っていた古い歌謡曲にあった。とたんに親近感が湧いてきた。

ちなみに表音文字のない中国語では、ローバーの名前は意訳される。スピリットは「勇気号」、オポチュニティは「机遇(機会)号」、キュリオシティは「好奇号」と、直球な意訳だった。ではPerseveranceは?中国人の同僚に聞いたら「毅力号」「恆心号」「坚毅号」「忍耐号」「愚公号」「倔驴号」といろいろな意見が出た。メディアでは「毅力号」に収束したらしい。毅力号。日本名だと「毅」はタケシだろうか。ジャイアンだ。ますます親近感が湧いてきたぞ。

ちょっとした小ネタがある。

先月に日本に帰った時、4月から公開されるプラネタリウム番組のナレーションの収録を行った。マーズ2020ローバーについての番組なのだが、その時点ではまだ9つの最終候補が選ばれた段階だった。だからローバーの名前が出てくる箇所を9通り収録した。

Endurance, Tenacity, Promise, Vision, Clarity, Ingenuity,Fortitude, にCourage。他の8候補は問題なく発音できる。でもPerseveranceだけは何度やってもうまく舌が動かない!どうせこれが選ばれる確率は9分の1だからと高をくくっていたら、見事に選ばれてしまった。

4月には渋谷のコスモプラネタリウムで噛み噛みの「パーサヴィアランス」を聞けるので楽しみにしていてほしい。(それまでにコロナ騒ぎが落ち着くといいのだが。)

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それにしても、名前を考えるのは大変だが楽しいものだ。それが自分の子どもならなおさらである。僕の娘のミーちゃんの名前は、実は生まれる5年も前から決まっていた。

それは妻と結婚してすぐの頃で、お互いに留学生だった。妻は3ヶ月後に卒業して日本に戻ることが決まっていたので、わざわざ引っ越すのも億劫だということで、結婚前から住んでいたそれぞれのアパートと学生寮に住み続けていた。でも結婚したのに毎晩別々だと結婚した気分がしないので、ほぼ毎日、一方がもう一方の部屋に泊まりに出かけた。僕たちの結婚生活は、そんな「通い婚」から始まった。

その夜は妻が僕のアパートに泊まりに来ていた。狭いベッドに二人で入り、電気を消した後、眠りに落ちるまでお喋りをしていた。どうしてだったか忘れたが、話題が子どもの話になった。その時すぐに子を授かるつもりはなかったが、お互いに子どもが好きなのでいつかはと思っていた。

実は、僕はだいぶ前から男の子につけたいと思っていた名前があった。それを妻に披露すると、いい名前だねと返してくれた。では、女の子だったらどうする?僕たちは、ああでもない、こうでもないと案を出し合った。

「君がエリコだからエリカは?」
「沢尻じゃん。」
「ユウコは?」
「オノヨーコに間違えられるから嫌。」
「じゃあコマチ?」
「はいはい。」

そんな漫才のようなやり取りの末、ふと妻がひとつの名前を口にした。それが妙にすんなりと僕の心に入っていった。「いいねえ。」僕は言った。それで、決まった。五年後、僕たちは女の子を授かった。ミーちゃんが妻のお腹の中にいる間、本当にこの子にこの名前が合っているのか、少し不安だった。ミーちゃんが産声をあげた夜、はじめて見たその可愛らしい顔を見て、僕と妻は同時にこう思った。

「ミーちゃんだ!」

不安は跡形もなく消えていた。
---その後に僕はもう一度、女の子に名前をつけなくてはならなくなった。

ミーちゃんの妹ではない。架空の女の子だ。僕が今書いている「宇宙に命はあるのか・子ども版(仮)」に登場する女の子である。

12歳という設定の女の子と宇宙エンジニアの「パパ」との対話を通して、子どもたちに分かりやすく宇宙探査の話をするというのが本のコンセプトだ。

「パパ」のモデルはもちろん僕自身である。では、僕が対話をする12歳の女の子の名前はなんだろうか?シノブちゃんではイメージが違う。キュリオちゃんもオッピーちゃんも違う。どれだけ考えても「ミーちゃん」以外の名前が浮かばなかった。だから、そのまま「ミーちゃん」にした。

不安はある。ニックネームとはいえ、実の娘の名前を使っていいものか。本物のミーちゃんが12歳になった時にどう思うだろうか。父親から何かを押し付けられていると感じないだろうか。この作品の至る所に僕の父親としての願いが込められている。それは隠しようのない事実だ。多感な12歳の子には、それが鬱陶しく感じるかもしれない。

でも、きっといつかは分かってくれる。そう信じて僕は書いている。たとえそれが、僕が死んだ後であったとしても…。

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小野雅裕 (おの まさひろ)

技術者・作家。NASAジェット推進研究所で火星ローバーの自律化などの研究開発を行う。作家としても活動。宇宙探査の過去、現在、未来を壮大なスケールで描いた『宇宙に命はあるのか』はベストセラーに。2014年には自身の体験を綴った『宇宙を目指して海を渡る』を出版。

ロサンゼルス在住。阪神ファン。ミーちゃんのパパ。好物はたくあんだったが、塩分を控えるために現在節制中。

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