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巣立ち

マーズ2020ローバーが、ついに旅立ってしまった。

2年あまりにわたってJPLのクリーンルームで組み立てられていたローバーがついに(ほぼ)完成し、2月11日、打ち上げ基地となるフロリダ州のケネディー宇宙センターへ移送されていった。打ち上げは7月17日以降となる。それまで、最終組み立てと試験がケネディー宇宙センターで行われる。

ローバーが巣立っていったクリーンルームは、空っぽだった。つい数週間前まで、何十人ものテクニシャンやエンジニアが全身を覆う白いバニースーツを着て毎日忙しく働いていた。その空間に、何もない。誰もいない。ただでさえ広いクリーンルームが余計に広く見える。

マーズ2020ローバーには僕も深く携わった。最初の仕事は2015年から始まった、着陸地点選定だった。続いて2016年からは自動走行アルゴリズムの開発にも関わりはじめた。ちょうど同じ時期にミーちゃんが生まれた。僕は火星ローバーの仕事にも子育てにも、膨大な時間と、労力と、情熱と、愛を注いだ。大変だった。苦労も多かった。その分、達成感も大きかった。機械と人間なのに、なんだかローバーとミーちゃんは姉妹のようにも感じる。

空っぽのクリーンルームを見ながら、いつかミーちゃんが巣立っていってしまう日のことを考えてしまった。我が家もこんなに空っぽになってしまうのだろうか。僕はきっと少し誇らしく、そしてひどく寂しいだろう。この何千倍も何万倍も寂しいだろう。そんな話を妻にしたら、そんなのまだまだ先の話じゃない、と笑われた。しかし子育てを終えた人に聞くと決まってこう言う。

「あっという間だったよ。」

そしてみんな遠くを見ながら、誇らしげで、寂しそうな表情をする。マーズ2020ローバーの仕事はあっという間だった。ミーちゃんとの時間も、あっと言う間に過ぎてしまうのかな。きっとそうだろう。10分も、10年も、10万年も、本質的には何も変わらない。いずれ必ず過ぎ去るものだから、過ぎ去ってしまえばあっという間なのだ。そうやって宇宙は138億年の時を刻んできた。数えきれない喜びや悲しみや寂しさを抱えながら。

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時は少し戻って1月末。僕は妻とミーちゃんと一緒に日本に帰省した。僕は講演にイベントにと駆け回っていたのだが、ミーちゃんはちっともお構いなし。なぜなら大好きなおじいちゃん、おばあちゃんに甘えたい放題できるから。普段はパパやママが買ってくれないようなものも、目を細めながら何でも買ってくれる。「ママはおかいものについてこないで!」などという始末。ママがいるとおねだりを阻止されるからである。

ミーちゃんが甘やかされ尽くしている間、僕は「未来のミーちゃん」たちに会ってきた。現在執筆中の「宇宙に命はあるのか・子ども版(仮)」がだいぶ形になってきたので、子どもたちに集まってもらい、3回の「読書会」を催したのである。実際の読者となる子どもたちの生のフィードバックをもらうことが目的だ。宇宙船ピークオッドのクルーのお子さんたちに集まってもらった回に加え、東京・三鷹の「探求学舎」と、広島の「子ども宇宙アカデミー」にそれぞれお邪魔した。

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「子ども版」に登場するのは12歳の「ミーちゃん」だ。物知りで、お喋りで、頑固なメガネっ子。その「ミーちゃん」が「パパ」と対話する形式でストーリーが進行する。

そんな「ミーちゃん」そっくりの元気な子どもたちがたくさんいた。たとえば、ピークオッドの会には恐竜博士の男の子が来ていた。様々な恐竜の名前を言えるだけではなく、ラテン語の学名まですらすらと出てくるのには驚いた。三鷹に来てくれた子は、相対性理論について友達に熱弁をふるったら「へー、物知りなんだね」と冷めた反応が帰ってきて悲しい思いをしたという。広島の子は時々「スイングバイごっこ」をして一人で遊ぶという。道を通る人たちを木星や土星に見立て、その脇を通り過ぎる時に重力で加速するのを一人で妄想して遊ぶのである。これ、まさに僕が小学生の頃にやっていた遊びなのだ!!!でも誰にも言わなかった。間違いなく誰にも分かってもらえないからだ。30年経ってはじめて語り合える仲間に出会えたこの嬉しさよ!

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作中の「ミーちゃん」は宇宙の話ができる友達が学校におらず、寂しい思いをする。それどころか「変人」と言われてからかわれる。宇宙っ子は孤独だ。僕がそうだったからわかる。だから、書き手としての僕は「ミーちゃん」が彼ら彼女らの友達になってほしいという思いでこの本を書いた。一方、パパとしての僕は、どんな子たちが「ミーちゃん」の友達になってくれるのかとても気になっていた。読書会で出会った子どもたちを見て、この本が世に出たらきっと「ミーちゃん」は素晴らしい友達にたくさん出会えるな、と安心した。

読書会では来てくれた子たちがを口を揃えて面白いと言ってくれた。難しすぎないかな、というのも杞憂だった。嬉しかったし、自信も得た。一方で、彼ら彼女らは編集者顔負けの素晴らしいフィードバックもくれた。こんなことを書いたらどうだろう、ここはこう直した方がいい、私だったらこう書く。ピークオッドの会に来ていた本物の編集者が「今すぐ雇いたい」と言っていたくらいだ。

まだ発売は当分先ではあるが、今月から「子ども版」の全文を本メルマガで連載する。読書会で子どもたちが読んでくれた原稿である。もし感想やフィードバックがあれば、ぜひ編集部に寄せてほしい。日本全国の「ミーちゃん」たちの声を聞くのを、楽しみにしている。

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小野雅裕、技術者・作家。NASAジェット推進研究所で火星ローバーの自律化などの研究開発を行う。作家としても活動。宇宙探査の過去・現在・未来を壮大なスケールで描いた『宇宙に命はあるのか』は5万部のベストセラーに。2014年には自身の留学体験を綴った『宇宙を目指して海を渡る』を出版。

ロサンゼルス在住。阪神ファン。ミーちゃんのパパ。好物はたくあんだったが、塩分を控えるために現在節制中。

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