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縁切り

光彦さんの母は神職として神に仕えていた。日々、神に失礼ないよう生活を行う。自宅には神棚もあり、毎日丁寧に扱っていた。母は特に変わった力もない。けれど一度だけ母の不思議な光景を目撃したことがある。それは光彦さんの父が、理由も分からぬ病におかされた時期。熱も下がらず、毎日のようにうなされた。病院にかかっても原因は不明のままだった。光彦さんも看病を行ったが、父は徐々に弱っていき、意識も朦朧とする。そんな中、母は父の見舞いへも行かない。自宅にある神棚へ、毎日お祈りを必死にあげていた。父の回復を神に祈っていたようだった。光彦さんにはそれが理解出来ない。(もう神頼みなど意味がない)そう感じていたからだ。そんなことするぐらいなら、見舞いへ行ってやれ。父だって母に会いたがってるはずだ。そんな憤りを強く感じたそうだ。けれど母は一心不乱に毎日祈りをあげている。そんな中、父の病状が今まで以上に悪化した。医者から今夜が峠と言われる程。光彦さんは急いで母にそれを告げにいく。その報告を聞いた母は、激昂した表情で台所にある刃物を取り出した。そして怒り狂い神棚へ向かう。廊下を怒りで強く踏み締める音が響く。母は神棚を見上げ、包丁を振りかざす。彼は後ろで呆然と見ることしか出来ない。神棚に向かって罵詈雑言を吐く母。「夫を連れて行くな!」という強い言葉も入り混じり、何度も何度も天に向かい、何かを絶ち切るそぶりをしていた。静かになったかと思うと後ろを振り返った。そして光彦さんに「神様との縁は切ったから」と疲れ切った表情で呟いた。その後、不思議なことに父の容態は劇的に回復した。まるで今日までのことが嘘だったように。それと同時に母は神職を辞めた。いつの間にか神棚も取り外し、普通の主婦として生活するようになった。時間はかなり経過し、母は穏やかに天寿を全うした。けれど遺言には「骨は墓に入れるな、骨壷を鎖で巻いて家に置いて欲しい。上へは行きたくない」とだけ記されていた。母と神の間に何があったか?それは本人しか分からない。

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