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帯刀

 瞳さんは幼少期、岩手のある地域へ行く機会があった。父との二人旅、そして初めて訪れる場所。旅の理由は分からない。たどり着いた場所は広い古民家で、とても広い。父は入るなり、家に住む老夫婦2人と、何か悲しげな表情で話し込んでいる。そんな空気の中、お転婆な瞳さんは部屋中を駆け回る。時代劇が好きだった彼女は、旅先で父に土産物の模造刀を買って貰った。それを持ち、殺陣の真似事をしながら家中を暴れていた。その姿を見た老夫婦は、ほんの少し笑顔になる。けれど誰も相手にはしてくれない。瞳さんは段々とその場に飽きてくる。鞘に戻した刀を持ち、仕方なく広い家を一人探検をすることにした。ほんのりヒノキの香りが漂う、長い廊下を歩く。すると目の前の階段で立ち止まる。幼心に暗い階段が禍々しく、恐ろしいものと感じた。けれど帯刀した瞳さんは強気だ。みるみると2階への好奇心が湧き上がる。すると上から彼女を呼ぶ声が聞こえた。
「刀を置いてこっち来て」
「誰なの?」
「いいから」
(女の人だ)瞳さんは言われるがまま、階段を駆け上がっていく。暗い廊下に辿り着く。視線の先に部屋が見え、明かりがついている。そのせいか、扉の先には布団が敷かれ、膨らんでいる。誰かが寝ているのがはっきりと分かった。
部屋からあの声がまた聞こえてくる。
「刀を持ち込まないで...ダメェ」
一体誰だろう?その声は悲壮感に溢れている。
一瞬、刀を床に置くか悩むが、お転婆な彼女はそのまま部屋へ向かう。部屋に入る直前「あぁ...どうして」と溜め息混じりの声が聞こえた。部屋は線香の煙と香りで充満している。
目の前に布団が敷かれ、女性が眠っている。初めて見る顔だ。声をかけても反応はない。血の気のない肌で、目をつぶっているだけ。ほんの少し眺めていると、父が二階へ上がってきた。そして眠る女性に向かい、「瞳が来たよ」と話しかけた。布団の中の女性は、別離した彼女の母だった。瞳さんには母の記憶はない。重い病にかかり、亡くなったとその場で聞く。父に母と会話したと伝えると、寂しげな表情で瞳さんの頭を撫でた。その出来事以降、あの家に行くことはない。後に父から「あの世があるなら、瞳を連れて行きたい」と母が亡くなる直前まで必死に訴えていたことを聞いた。やはりあの声は母だったのかもしれない。けれど何故、頑なに刀を持ち込むなと言ったのか。それは分からぬままだ。

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