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夢の中へ

 結菜さんは以前から大きな悩みを抱えていた。(自分は母の子ではないかもしれない)そんな悩みだ。母とは外見も背格好もよく似ている。父からは「若い頃の母さんに瓜二つだ」と茶化されもする。だから本来、そのような心配をする必要もない。けれど彼女の心のモヤは一向に拭えなかった。その理由は「夢」にあったからだ。幼い頃から時折、夢に現れる人物。それは見知らぬ中年の女。その人物は自らを結菜さんの実母だと名乗る。屈託のない笑顔で彼女を可愛がり、結菜さん自身も女のことを何故か「お母さん」と呼び、甘え慕う。現実の母にも見せない笑顔だそうだ。そして多幸感で目が覚め、その後は複雑な気分と罪悪感に陥る。それも当然だ。自らを彼女の実母と名乗ってはいるが、似ても似つかぬ外見。会ったことも話したこともなければ、記憶もない。身元不明の女。そんな女のことを夢だとは言え、母だと思うこと自体がおかしなことだ。(一体何者だろう?)そう思うと、より一層気になっていく。それは彼女が成人してからも続いた。幸せそうに二人で暮らす夢。そして徐々に「あの人が本当の母では」と思うようになっていったそうだ。それと同時に、現実の母への心の距離は開いていく。ある日ついに我慢が出来ず、母に気持ちを打ち明けた。「自分はお母さんの娘なの?」そう結菜さんが告げると、母は笑った。棚から母子手帳や臍の緒を取り出し、母は微笑んだ。それどころか戸籍謄本まで取り寄せて見せてくれた。血の繋がっている確信を得ることが出来た。(不安があの女を作り出したのだ)そう思った。だからもう現れない。ホッと胸を撫で下ろす。けれどその予想はすぐに覆る。その晩、夢にあの女が現れたからだ。「私が本当のお母さんよ」結菜さんに歪な笑顔で話し、強く抱きしめ上げた。結菜さんは涙を流しながら喜んでいた。これ以上の幸福感は感じたことがない程に。その後、彼女は実母との縁を切った。しかし後悔はない。今は血の繋がりの全くない、夢の中の”母”と会うことだけが楽しみだからだ。

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