アレクサンダー大塚
※この記事は、執筆者の記憶だけを頼りに書いているため、実際の内容と相違がある場合もございますので、あらかじめご了承ください。
これは、僕が大好きだった格闘家のお話。
僕は、アレクサンダー大塚という人が好きだ。
単純に、かっこいいと思う。
PRIDEに参戦していた選手の中で、一番かっこいいと思う。
当時、中学生だった僕は、アレクサンダー大塚選手が戦う姿に魅了された。
彼の"アレク"という愛称を観客席から本気で叫べるくらい、大好きなプロレスラーだった。
アレクを知らない方のために説明をすると、彼はPRIDEという本気の格闘イベントに参戦していたプロレスラーだ。
総合格闘技というジャンルの競技になるため、プロレスと違ってかなりストイックな展開になることが多いのだが、アレクの試合はそれとは違う。
ジャイアントスイングやパワーボム、ボストンクラブといったプロレス技を大胆に狙っていく。
ただ、狙うだけでまるで決まらない。その様子を見た会場からは笑いが起こる。
それでもアレクは大技を狙い続ける。彼が、プロレスラーという肩書きを背負い続ける限りはそうなのだと思う。
中学生の頃の僕は、TSUTAYAでPRIDEの各大会の試合のVHSを借りてきては、アレクの試合に熱中した。
マルコ・ファスをジャイアントキリングした試合は、VHSでしか見たことがないし、ダブルアームバーというわけのわからない技で一本勝ちした試合も、VHSでしか見たことがない。
でもなによりも、アレクの試合は面白かった。
勝った後に、バク宙をしようとして足を滑らせてしまうのも、アレクっぽくて好きだった。
世間の人たちは、これをダサいと呼ぶのかもしれないが、僕にとっては最高にかっこよかった。
入場シーンも、とにかくかっこよかった。
AOCornerという入場曲も、本当に男の中の男のかっこよさという感じがして、大好きだった。
その入場曲が入ったCDをTSUTAYAでレンタルして、MDに入れてリピート再生し続けるくらい、好きだった。
「さて、そろそろ、青コーナーから―」という歌詞がかかり、会場のボルテージが最高潮になる中、たくさんのライトや煙が炊き込める中で、スキンヘッドの頭頂部が徐々に見えてくるのが大好きだった。
ちなみに僕がリアルタイムでアレクの試合を観たのは、それよりも、もっともっと後の試合。
その中でも、グラバカの菊田早苗選手との一戦は、心を魅了された。
試合前から、舌戦はヒートアップしていて、見る人によっては見苦しいと映るくらい、とにかくお互いを罵りあっていた。
試合が始まってからは、素人の僕が見てもわかるくらい、一方的に菊田選手にアレクがやられていた。
途中、アレクは鼻血を出した。
アレクは、鼻血をすぐに出す。いつも鼻血を出す。
でも僕にはその鼻血もかっこよく見えた。
アレクの頭には、大きなたんこぶまでできていた。
いつどのタイミングでできたのかはわからないが、大きな大きなたんこぶがアレクの頭にできていた。
アレクのたんこぶを見るのは初めてだった。
ただ、そのたんこぶは、たんこぶと呼んでいいのかわからないくらい、大きかった。
そのたんこぶから、新しいアレクが生えてくるんじゃないかと思うくらい、大きなたんこぶだった。
ソフトボールくらいのたんこぶだった。
思わず僕は笑ってしまった。
だって、たんこぶが大きすぎるんだもの。
対戦相手の菊田選手は、そのたんこぶは決して狙わなかった。
菊田選手は、たんこぶを狙った攻撃はせずに、自身のストロングポイントである寝技でアレクを極めに掛かった。
完全にアレクが負けたと思った。
でも、アレクはプロレスラーだ。
決してタップアウトという手段で自分から降参はしない。
なぜなのだろうか、プロレスラーという人種は、自分の本業であるプロレスの試合の時は平気でタップアウトをするくせに、総合格闘技の試合になるとタップアウトを頑なにしなくなる。
それはアレクも同じだった。
どんどんとアレクが極められていく。
これ以上放っておくとアレクが怪我をしてしまう、と判断したレフェリーが、ストップをかけようとしたその瞬間に、なぜかアレクはその寝技から抜けた。
擬音語で現すとすれば、"ツルン"という音が正しいと思う。
ツルン!とアレクは寝技から抜け出してきた。
限りなく敗北に近い絶体絶命の状態から、アレクは抜け出したのだ。
その瞬間、アレクはガッツポーズとともに、よっしゃーと雄叫びをあげた。
それを見て、また僕は笑ってしまった。
マイナスからゼロに戻っただけだろう、決して有利な状況になったわけではだろう、鼻血も出っぱなしじゃないか、たんこぶも大きいままじゃないか、なぜガッツポーズができるんだ。
僕は自然と笑ってしまった。
最終的に、アレクはこの試合、フルタイムを戦い抜いた上で、判定で負けた。
判定は3-0と完敗だった。
試合終了後、それまでの舌戦も含めて水に流そうと言うような清々しい顔で、アレクは菊田選手に握手を求めに行った。
これがいわゆるノーサイド精神なのか、素敵だなと僕は思った。
そして、菊田選手がその握手に応えようとした瞬間、アレクは手をひっこめた。
このシーンは、当時中学生で純粋無垢だった僕にとっては、衝撃的過ぎた。
アレクの方から握手を求めに行って、アレクがその握手を拒否したのだから。
その後、アレクは得意気な表情を浮かべながら、頭には大きなたんこぶをこしらえながら、颯爽とリングを去った。
とてつもないブーイングが観客席から起こった。
この日のアレクの試合を見て、当時の僕は背筋が震えるくらいかっこいいと思った。
この人は、自分が観客からどう思われるかなんて気にしていない。
自分が嫌われようが、自分に向けたブーイングが起ころうが、そんなことはそもそも大事にしていない。
この興行が盛り上がるかどうか、この興行を見た観客が少しでも楽しめるかどうか、それだけを考えている。
鼻から垂れていく鼻血も含めて、頭にできた大きなたんこぶも含めて、すべてがアレクなんだなと思った。
大阪城ホールで開催されたPRIDEのアレクの試合も、僕はアレクらしくて好きだった。
たしかムリーロ・ニンジャ選手との対戦だったと思う。
アレクに対する会場からのブーイングもすごかった。
いつの間にか、PRIDEでアレクは悪役になってしまっていた。
それでも僕は、観客席からアレクと歓声を飛ばし続けた。
絶対に勝って欲しい。アレクにブーイングを浴びせる観客たちを、アレクの本当の魅力をわかっていない観客たちを、あっと言わせて欲しい。アレク、頑張れ。
そう思いながら試合を観ていた矢先だった。
ムリーロ・ニンジャのローキックがアレクの金的に炸裂した。
悶絶するアレク。会場からのアレクへのブーイングの嵐。
アレクは悪くない。男性の構造上、悶絶するのは仕方がない。
すぐにアレクは、医務室へと運ばれて行った。
しばらくの試合中断。
それでも僕は、アレクを信じていた。
アレクなら絶対に戻ってくる。必ず戻ってきて、試合を再開してくれるに違いない。
そんな期待に応えてくれるように、アレクは戻ってきた。
がんばれアレク!負けるなアレク!勝ってくれアレク!
レフェリーの「ファイト!」の声と共に、試合が再開した。
再開して、すぐの出来事だった。
ムリーロ・ニンジャ選手のローキックが、アレクの金的に炸裂した。
悶絶するアレク。
まるで、さっきのリプレイを見せられているようだった。
するとその瞬間、会場から爆笑が起こった。
僕も笑った。
大阪城ホールのPRIDEファン全員が笑った。
僕はそのとき、アレクのことがもっともっと好きになった。
この人は、人を楽しませる才能を持っている。
たださすがに、アレクでもローキック金的炸裂2発を耐えられる金玉は持ち合わせていなかったようで、そのあとすぐに負けてしまった。
これは仕方がない。男性の身体の構造上、これは防ぎようがない。
アレクに勝って欲しかった分、悔しかったけど、それでも僕は、アレクのことをもっと好きになった。
PRIDEの歴史の中で、会場からしっかりとした笑いをとれる格闘家は、アレクだけだと思う。
そんなアレクみたいな人になりたいと、アレクが現役のトップ選手だったあの日から10年以上経つ今も、ずっと思っている。
自分が出場する興行が盛り上がるために、時には嫌われ役も買って出るような、アレクのような人になりたいと、ずっと思っている。
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