花灯りを追う

 四角い箱がある。内壁は白く何の模様もない。何の装飾もなければ、めぼしい家具もない。外壁がどうなっているかは知らない。外からこの箱を見たことはなかった。その中で、髪の長い少女はただ独り椅子に座っている。豪勢な造作の椅子だった。枠木は金、緋のビロードでふかりと膨らんでいる。ただ白いばかりの箱の中と対比して、非常な装飾が目の奥でキンと痛むような光をはじいた。王様が座る玉座に似ている。その中に、身を沈めている。

厚いカバーの本が、二つの山に分けて左の壁の隅に寄せて置かれていた。少女が今までに読み散らした本だ。肘掛けにほとんど触れるほどまで近くに、本の列が迫っている。列がたどり着いた先に少女は落ち着いていた。左肘は肘掛けの内にしまったまま、今も本を開いて没頭していた。その肘掛けすれすれにも、開きかけたページを列に立て掛けている。本と少女とを、赤さを含んだ西日が照らしている。天井の窓からの光だった。少女は本を膝の上に伏せて置き、喉を伸ばして真上の窓を見上げる。丸く開いた窓に、なだれ込むほどの花が咲き乱れていた。実際、窓は箱の内側に向かって球の半分ほどせり込んでいる。開けたことはないが、おそらくあの金具で開くのだろう、と真円の縁の一部を飾った装飾を見ながら少女は思った。あの飾りで窓の輪郭すべてを縁取ったら太陽のモチーフみたいで綺麗だろう。ちょっと惜しいな、なんてことさえ思った。

なだれ込む花を透かして西日がちらちらと燃えている。少女の目にもその光が映りこんでいた。真上から真っ直ぐ目を射る西日に、少女は首を傾げた。長い髪も、するすると滑ってきて視界を遮る。くすんだような黄の色に混じって、花の残像がいくつも瞼を焼いた。眉間に鈍痛が響く。少女は首を正面に戻した。髪は依然視界を遮る。真横になびく前髪はそのままに、少女は右耳に指をかけて視界を拓いた。膝に伏せておいた本の続きに目を戻し、裾から出ている膝は糸にでも引かれているように左へと傾いていく。

陽が沈んでしばらくは暗いが、ほどなくして明るくなる。西日には逆光で黒い花も、月が出れば光を吸い込んで花灯りとなる。少女は花灯りのもとで行う読書をことに好んでいた。じっと本を読み進め、満足すると目をこすって本を閉じる。そこで真上の窓を見上げる。読書中に幾度も見上げた窓を通して花を見る。花灯りはいつしか消えて、今度は花影を透かして月光がちらちらと踊る。月の光を見ていれば花は黒く、花を見ていれば月は眩しかった。星が出ているのかさえも分からない。

深い紺の薄布を一枚一枚引き下ろしていくように空からは青さが取り払われていく。花も夜とは違う灯りを灯し始めた。少女は顎を伸ばしてじっとそれを見ていた。

真上に手を伸ばして触れてみようとする。実際は椅子の上に立ち上がっても到底届きそうにない高さだったが。少女は手近な本の列に本を立て掛けて、椅子に縋りながらその背もたれによじ登った。吸い寄せられるようにして左に足を伸ばす。本の列を避けて左の壁にそっと靴底を押し付けた。ゆっくりと椅子から手を離し、壁にべったりと体を押し付ける。そこで見たものに、少女は瞬いた。

目の前には本の塔がある。壁に張り付いた少女の上に倒れてきそうだった。頭上に見える椅子の背もたれのすぐそばまでその塔は続いている。恐る恐る立ち上がってさらに驚いた。普段は左に流れる髪が真下に下りている。椅子にいなくても体をまっすぐ保てた。首を巡らして右手側の壁に、せり込んだ半球の窓を見つける。すぐに歩いて行って触れてみる。見た目通りのつるりとした感触に微笑みながら金具に指をかける。苦労してやっと開けると、図ったように風が吹き込んできた。風になびく髪につられて花弁が舞い込む。風を追って振り返った先で、花弁は本の塔にふわりと乗る。少女はちょっと笑って本の塔に歩み寄った。花弁を摘み上げ、また苦労して椅子へとよじ登る。やはり左へとなびく髪が、真上の窓から吹き込んできたそよ風に揺れる。少女は花弁を手に窓を見上げた。朝の光に照らされて花は輝いている。風は何度でも吹いて花は幾度と揺れ、花弁が床に落ちるのが、視界の左隅に映った。これまでは壁に過ぎなかった床に。

少女は嬉しそうに目を閉じ、瞼の裏に赤い光を見た。

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