座布団の神様

 家には座布団の神様がいる。黒髪交じりの白髪を結い上げて、腰は曲がっているのに背筋をぴしりと伸ばしている。のんびり茶をすするその背中は柔らかく優しかった。

「あれが神のイゲン……」

ホウと息を吐いていると、母にぺしっと頭をはたかれた。

「何言ってんだ、あんたは」

苦笑交じりの声には頭を触る。座敷奥の縁側で昼下がりの光に照らされている座布団の神様は、あまりその場から動こうとはしなかった。いつも灰色の縞猫を正座した膝に乗せて、一日のほとんどを日向ぼっこして過ごしていた。少し前までは幼稚園生で、家にいる時間も長かったから知っている。小学校に上がってからは夕暮れの神様を毎日見ていた。座敷前の冷えた廊下に座り込んで、一人遊びしながら座布団の神様を観察するのは日課だった。

 座布団の神様は俗世を離れているせいか、あまり物音に動じないのだ。呼びかけにもなかなか応じない。さすが神様。それだというのに、時々廊下を振り返っては笑う。

「そんな冷えたとこにいちゃ、体に悪いよ。ばあちゃんとこおいで」

とことこ縁側に出て行って隣に腰を下ろすと、座布団の神様は灰色の猫を撫でながら言うのだ。

「あぁ、今日もお天気だねぇ……。幸せなことだ」

座布団の神様は晴れても雨でも幸せだと言った。猫がいつも膝で寝ていた。湯呑みがいつも湯気を立てていた。

 ある日、座布団の神様は猫に変わった。小さいから忘れがちだったが、そういえばこの猫も座布団の神様だった。麦わら色の座布団に灰色の縞猫は威厳をもって映えた。どっしり丸まっているからなおさらだ。先代の神様の膝の上にいたときは気が付かなかった。

 猫を手で押しこくって座布団の上に正座してみる。居場所を取られた当代の神様は、心なしか眉間に縦じわを寄せて膝によじ登った。丸くなった座布団の神様を撫でて、湯呑みをすする。威厳は少しも出そうになかった。日向を見てから後ろを振り返る。日が差し込んだ室内は、庭を見ていた目には薄暗い。座敷の畳に陽射しが柔らかく反射して、廊下に細く光の筋を投げている。日に照らされて、埃が舞っているのが見えた。後ろには誰もいない。廊下に座り込んで縁側を見る人はまだいなかった。

 僕はまだ、座布団の神様にはなれないみたいだ。残念。

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