辺川銀

ものをかくペンギン

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ものをかくペンギン

最近の記事

破片の男

 あんたの身体には破片が刺さっていた。銀色の金属の破片で数えられないほど幾つも刺さっていた。なのであんたの身体に触るといつもひんやりとしていた。破片はあんたの舌にも刺さっていたのでキスをするとカチカチとお互いの前歯に当たった。金属と唾液が混じりあうとうっすらと甘い味がするのだということを知った。あんたは休日になるといつも歌を謡った。あんたのギターは古く調子外れで歪んだ音を出したが、声は綺麗だった。あんたは曇りガラスのような声をしていて、陽気な歌を謡った。あんたの歌をわたしは好

    • 塞がる膜

       青い玩具箱にふたりで暮らしていた。私はゼンマイ仕掛けだ。青い玩具箱には夜になると薄暗い緑のキャンドルが灯った。私はゼンマイ仕掛けなのでゼンマイを巻かねば止まって死んでしまう。玩具箱の中には熊のぬいぐるみばかりが居た。熊のぬいぐるみはどれも生き物ではなかった。生きて動いていたのは私とあなただけだ。私は毎晩ベッドで裸になった。ゼンマイの穴は私の背中にある。ゼンマイのネジはあなたの右腕だった。熊のぬいぐるみに触れてはいけないとあなたは私に言った。私が裸になって背中の穴を向けると、

      • 芽生えぬ種の家

         白い建物の中に僕は連れてこられた。来る途中白いローブのような制服に着替えさせられてこれから僕はこれを着て生活するのだというふうに言われた。白い建物の一室に連れられここが今日から僕の部屋だと言われた。白い建物の白い一室は日当たりが良かった。白い一室のベッドは柔らかくて、もっと小さな頃に舐めた綿飴の味を僕は思い出した。荷物を置くと僕は一室を出て一階ロビーへと降りた。ロビーには僕と同じぐらいの歳頃の子どもたちが居て誰もが穏やかに笑っていた。男の子も居れば女の子も居たし背の高い子も

        • ラピスラズリ

           小高い丘のふもとにある小屋で暮らしていた。一緒に暮らしている彼女は私に優しかった。彼女は白に近い金色の髪に緑の瞳をしていた。彼女は台所に立つことを好んだ。彼女はパンの焼き方を知らなかったが、彼女の作るシチューはとても美味しかった。ふわりとしたワンピースが彼女に良く似合った。私の黒い髪を彼女は編んでくれた。彼女が生まれた国ではポピュラーな編み方なのだという。彼女は長い睫毛をしており顔を伏して笑う表情がいちばん美しかった。夜になると私たちは一緒に丘に登った。月が丸く出ていた。月

          箱の子ども

           雨が降っていた。私は傘を持ちあなたを迎えに出掛けた。雨は好きではない。ジーンズを穿き、薄い上着を羽織って、あなたを迎えに出掛けた。癖の強い前髪が額に纏わりついた。雨は強く家から十分も歩くとズボンの裾には撥ねた泥で黒い点が幾つも付いてしまった。駅の近くまで来ると大勢で喋りながら歩いてくる女子高生のグループとすれ違った。彼女たちは笑っており笑い声というのが私は苦手だった。自分とは関係のない集団の笑い声が特に苦手だった。自分が笑われているような気がしたからだ。すれ違った時、私は動

          箱の子ども

          トカゲの星

           朝起きるとみんなトカゲだった。肌の乾いた、トカゲが二本足で立っているような生き物に変わっていた。道を行くひとも駅前で待ち合わせるひとたちも携帯電話を弄るひともみんなトカゲの姿だった。今日は彼と遊びに出掛ける約束をしていた。駅前のモニターに映し出されるニュース番組のアナウンサーもトカゲの顔をしており、アップで映し出される顔は鱗に覆われている。彼を待ちながら私は自分の手や脚を見てみた。私はトカゲではなかった。顔を触っても私には鱗がなかった。みんなどうしたというんだ。昨日まではみ

          トカゲの星

          機械の王国

           ここはね。機械の王国だったんすよ。  遠く遠く高い青空に入道雲が被さり、渇いた砂を風が巻き上げて、あとは僕が居て、その他には何も動くものがない廃墟の一角に座って。  ここはね。機械の王国だったんすよ。ここは機械の世界で、全部が機械で出来てて、それはもう立派に繁栄して栄華を誇っていた。そんな国だったんです。  かつて銀色やコバルトブルーに輝いていた背の高いビルの残骸たちは、世界で一番背の高い王国の一部だったのだが、今ではもう、ずいぶんくすんだ色に変わって、見る影もなく錆びて脆

          機械の王国

          紙の魚

           金魚 金魚 真っ赤な金魚  おれは金魚だ 真っ赤な金魚  水槽の中で ぶくぶく 金魚  光る真っ赤の ぷかぷか 金魚  ()  おれの相棒 死んじゃった  おれとおんなじ 金魚だったよ  ずっと一緒に暮らしていたのに  腹を上にして ぷかーって死んだ  ()  相棒が死んで おれはひとりだ  水槽の中に ひとりぼっちだ  涙も出ないぜ ぷかぷか ぷかぷか  水槽の中に ひとりぼっちだ  ()  だけど次の日 目を覚ましたらさ  水槽の中に 何

          わーるどえんど・びにーるるーむ

           世界が滅びたので、  ビニールの部屋に、ぼくらは暮らしています。  世界はもう、終わってしまっていて、  ビニールに覆われたこの部屋だけが、無事に残ったのです。  ビニールの部屋に、僕らは暮らしています。  ビニールの部屋に、お母さんとふたりで暮らしています。  世界は滅びたので、  この部屋の外は毎日、冷たい風が吹き荒れています。  だけどビニールは熱を閉じ込めるので、  この部屋の中だけは今も、温かいままです。 「外の風に吹かれたら、あなたは一瞬で凍

          わーるどえんど・びにーるるーむ

          RAT

          (白い、四角い箱の中に産み落とされた) (ぼくと同じ姿形をした子たちはたくさんいた。長い尻尾を振りまわしながら、ぼくらはあの小さな箱の中で、それでも幸せに暮らしていた。毎日決まった時間に空から落ちてくる食事が毎日の楽しみだった。ぼくらは幸せに暮らしていた) (箱の中には日に一匹か二匹、新しい子が産み落とされた。産み落とされた子たちはやっぱり僕と同じ姿形をしていて、長い尻尾を振りまわしながら、幸せな生活にすぐに溶け込んでいった) (だけれど日に一匹か二匹、箱の中から消えて