わ 56-56

ナンバーウォッチングを祝う祭りに迫りかけていたある日。日々政治思想を怒鳴り合っているはずのにゅーすぺーぱーの朝刊の雰囲気はまさに全紙揃って異様で一面一人の青年の写真によって独占されていた。世界の情報媒体の独占とは無縁とも思えるその男は顔に社会不適合の象徴満面の笑みを浮かべ片手にテニスラケットをもう片方に菜の花のようなものを持っていた。その姿は読者に悪夢を遥かに越えるなにかを与えすべてのGPS機能を無力化してしまいそうな風貌であった。

恐る恐る写真下にあった説明文章に目をやり事の詳細を確認しようとすると私の視覚と触覚が悲鳴をあげるのがまざまざと感じられた。けれど内部の悲鳴より外部の好奇心が上回っていた私は感情の崩壊を捨てられかけていた布団でなんとか押さえつけ記事を読み進めた。すると青年の新聞一面の独占と満面の笑みは「ビービービービー」とやらワードに由来することが発覚した。

「ビービービービー」……。初耳であった私はラジオの周波数を調整し近くのマクドナルドの上を乱れ飛んでいた真っ黒なカラスを呼び寄せその質問内容を書いた紙を託し帰りを待った。すると約二時間半後に部屋の中にインターホンが鳴り響きドアを開けると水色の自転車に乗った男の配達員がじっと立っていた。彼は私に一つの段ボールを渡した後「俺をウーバーイーツと勘違いするのはさすがに許さねえ」とだけ呟きまた水色の自転車に跨りどこかへと向かって行った。ここはマンションの六階なのだけれど。

私は首を傾げたままリビングに向かい段ボールを床に置いた。中身を確認するとブラックイエローカラーをした一つのタブレット端末が暗い画面をこちらに向け入っていた。そして自動的に電源オンとなり動画がスタートした。

一人の青年はテニスボールを頭に載せながら車を運転している。画面上に⬅️マークと➡️マークが表示される。私が⬅️をタッチすると運転席の彼はハンドルを左に回し「ビービービービーー!」と体の底から叫ぶ。そして➡️をタッチするとハンドルを右に回し「ウイウイシーーー!ウイウイシーーー!」と叫び荒ぶる。とにかくそれが永遠と続く。

私は屈強な男に何度も頭を思いきり殴られたような疼きと混乱に襲われた。私はリビングの床に大の字となり倒れなんとか正常な呼吸に集中した。部屋はそんな私をさらに陰鬱な世界へと落としこむかのように冷淡で静かでまったくの無音の空間へと変化していた。壁の向こうから隣に住む人の声が聞こえてきた。なんだか引っ越しの作業をしているらしい。

「ヘンテコな部屋だなあ〜ブラックコーヒーの中に紛れ込んでしまったみたいだ」

「ほんだ〜ほんだ〜」

「さっ、とっとと荷物を運んでずらかろうぜ。おれの三菱の……ん?ヴイっ……ヴィッ……」

「月の雨のような声を出すなよ。ああこの部屋ともお別れかあ。

グッバイ・イーストナイン・キャッスル」


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