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夏休みの円周率、逆

時刻表という壮大な砂漠に時折り流れる透明な風をめがけて走るあいつは一体どこへ消えたのか。コロナにかかっても古老が転んでもでんぐり返りしても資本主義の頭をスリッパで叩きたくなってもいやはやその影さえ見つからない。

翌朝われわれは鴉の美しいフォルムを無視し記憶の眼前をだれかに適当に蹴られた石ころのように通過する。南中時刻、悠然と宇宙を遊泳する海のラクダたちが僕らを見守ってくれていることは当然理解できない。夕焼けのちの青空、実はとても明るかったモナ・リザの笑い声がバスの停留所の工事音にかき消されていったのにぎりぎり気がつかない。

もう僕はあなたたちの頭をスリッパで叩くしかない。禅のドラムを叩き散らかしマイナンバーカードをコピーしまくり神様を量産し月の光を蓄えに蓄え大きな冷蔵庫で冷やしていた缶ビールを飲みにタイムトラベル。小さい頃は足の速い何者かに強い嫉妬のような憧れを持つのが当然であったと思うが生を積み重ね星座を忘れれば忘れるほど海ラクダとやらに惹かれるのは世の理なのかもしれない。

静寂な神社の境内に咲く夏の草花に凝り固まったヒトの頭とヤギの昼寝のように寝転がっていると騒がしい蝉の声が神社建立の主を伝えてくるように感じられた。季節の挨拶の仕方を忘れた僕は急いで風の匂いと川の音に耳を澄ました。車のクラクションのすきまに下手くそな指パッチンの音と大人の哀しい独り言がきこえた。そして僕は眼球の奥に風邪の前兆のような痛みを感じた。

一つ前の席、二つ前の席、三つ前の席……、あらゆるピコピコゲームの光は僕の頭の中を狂わせる。だから指パッチンをした。同なり、同なり、至って同なり!僕は桜色に輝くスクリーンに向かってそう叫ぶ山彦の姿を思い浮かべた。今日一日の回転、あらゆる街の回転がピコピコ音で再生されていく。
美しい夕立ちが森と別れ鳥や昆虫たちが人間を追い抜いて嬉々として家に帰る。CMだけが元気いっぱいに流れるだれかの部屋のカーテンがまっさらな孤独になびきラクダに乗ったモナリザが地面に消える。僕は今なぜか視界に入ってきた酸素をプリンのように掬い上げた。


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