マトリョーシカ的自己

今から僕は、マトリョーシカ・マトリョーシカ(本名はマトリョーシカ・マトリョーシカ・マトリョーシカらしいけれどいちいちそんな長い名前を呼ぶのは面倒くさいので僕はマトリョーシカ・マトリョーシカと呼んでいる。人によってはマトリョーシカ・マトリョーシカ・マトリョーシカのことをマトリョーシカ・マトリョーシカ・マトリョーシカ・マトリョーシカと呼んでいる人もいるらしいけれどその人はたぶん自分のあいでんてぃてぃをマトリョーシカ・マトリョーシカ・マトリョーシカのなかに確立したいのだと思うから面倒くさいけれど一周まわって立派なことだと思う。)の部屋を訪ねたさいのことをここに記録したいと思う。その理由なんだけれど、ある日マトシカ(いちいちマトリョーシカ・マトリョーシカと書くのは面倒くさいので今回はマトシカでいくことにする。)がLINEをくれてその内容は「明日の13時にうちに遊びにきてよ」というものだったんだ。だから僕はその次の日言う通りにマトシカの部屋を訪れたんだ。けれども。

いくら部屋の扉をこんこんとしても返事が一切かえってこなかったんだ。これはもしかしてドラマとかでよくある部屋の中の人間がなにかの事件に巻き込まれている可能性があるんじゃないかとその時の僕は瞬時に思った。そして焦った僕はドアノブをガタガタガタとしたんだ。でも、とれちゃった。なにがって?。えーとドアノブだよ。笑っちゃうよね。こんなハイテク先進時代においてこんな脆い造りの部屋に住んでいたとは思いもよらないからね。でも役目を終えたドアノブはひとつの幸運を置いていってくれたんだよね。そう扉が少し開いた。

扉の向こうからは変な空気ーそれはもうとても変な空気−これも一種の比喩表現−ーが流れてきていてそれを全身で感じた僕はそのままリビングまで入っていたんだ(もちろん靴を脱いで)。そしたらだ、そこにマトシカはいなかった。おいおいどうなっているんだよマトシカと思った僕は自然顔を窓に向けたんだーそれはフィクションの世界から少しリアルな世界に確かなるものを求めてしまったようなものだった。するとそこには窓から溢れ出る光を全身でもらい受ける小さな机があって、その時の僕はまず、ああきっとマトシカはいつもここで読書や勉強をしているんだな、と思ったね。そして次にその上に置かれていた一枚の字がびっしり詰まった紙ーたぶんそれはマトシカの日記ーとカラフルなシャボン玉セットを発見した。

以下がその日記。

一昨日(20××/10/32)の夜に前回の日記を書いたんだと思うけれどまた日記を書き出したいと思う。なんだか今日は新見梅海的な文章で進みそうだけれどこれはたぶんさっきまで新見梅海の『雑文集』を読んでいたせい。いやまあでもね僕自身この書き方というのはなんだかしっくりくるんだよね。たぶん年齢は23になったわけだけどもまだまだ僕の中にはリトルな少年がいるってことだからだと思う。というか世の中の大半の社会人にもそういう子どもっぽい小人みたいなのは頭の中もしくは心の中に棲んでいると思うんだよね。ただそれを出す機会が減っただけ。いやまあそんなことはどうでもいいんだけれど。いやまあこの日記自体どうでもいいんだけれも。いやまあ、、、とリピートマトリョーシカになるのでここでやめておこうと思う。
そしてなぜ書き出したかというと、一昨日の日記では人との関わりが減ってきてなんだか頭の中が見えないマトリョーシカになりそうと書いたんだけれど今日はとても回復しているということを残しておこうと思ったんだ。なぜか?実は昨日大学時代の友人と飲みに行ったんだ。いやあそれはもうペラペラ喋っちゃたよね。そして気遣いな友人には申し訳ないけれどやっぱり満たされたよね。そして一昨日の見えないマトリョーシカ的自己はどこかに飛んでいってしまったよね。だから改めていかに人間が見えるマトリョーシカ的自己を欲しているかがわかったよ。
暇だからその友人についても残しておく。彼は正岡ベースボールという名前でなかなかセンスの良い命名に親の感じがふと頭に浮かんでくる。というのは嘘でまったく浮かんでこない。浮き輪をつけているのに重い石を抱えながら海にいるみたいに。?。僕は今、ブイが浮かぶ海のイメージがすっと出てきたから残してみた。こういう比喩っていうのはいいとおもう。たとえそれが意味のわからないものでも、なぜか?しらねえよ。と思考放棄するのはよくない。けれど僕は思考を放棄する。なぜなら今は正岡ベースボールについての話をする時だから。うん、正当な理由だ。(強いて言うなら比喩を書き出すというのは脳内イメージの瞬時の言語化でありそれは純粋な自分自身に限りなく近い複製だと思うから。)
彼とは大学一年生の頃から仲良くしてたかな。まあ仲良くと言っても会ったら喋って数回プライベートで(大学もプライベートだろという意見は今はいらないよ。)土器を買いに行ったぐらい(そしてケチな僕は買い物に行っても全然買わなかった)。そして彼は現在大学院に通っていて火星法の勉強をしている。でも来年で卒業だから今は就活をしなければならない。でも話を聞くと彼は全然していなくて、2月ぐらいから始めるよと言っていた。特に志望業界もなくこだわりもないらしい。ただ結婚してそこそこの生活ができればいいと言っていた。それが本音かは知らないけれど。(火星法に関係する仕事は?と聞くとそれは世界政府とかそういうレベルがとても高い仕事になるから初めから諦めているよ、みたいな感じであった。僕も彼の立場であったらそう言うと思うしそれは当然だと思う。でもやはりそうは言うものの悔しさみたいなものを僕は感じたしこれはたぶん世の中の大半の人がそういう感じだと思う。というか人生においてはこういうことが多すぎるんだよね、理想と能力の乖離。けれどよく考えると理想なんてものはだいたいは今までの人々の過去の栄光を他人が模倣してつくりあげたものなんだからあんまりそれに固執する必要はないとも思うよね。だからまあなにが言いたいかというとーーー)とそんな心の洞窟をずんずん探索していくのはやめよう。そう、今日もまた飲みに行くんだ、最近できた友達と。だから入ってきたとこを見失っちゃうと大変だ。さあ戻ろう。と言っても唐突な感じで終わる日記になってしまうので最後に新見梅海の『雑文集』(P1637)、いやそれは少し比喩比喩すぎた文章だったから今回は村上春樹の『雑文集』(P233)の引用文を載せておく。
「でも、いつものことではあるのだけれど、僕の頭には正しい言葉がどうしても現れてこなかった。それはもちろん残念なことだった。というのはこの世界にあっては、多くの別れはそのまま永遠の別れであるからだ。そのときに口にされなかった言葉は、永遠に行き場を失うことになるからだ」


ああごめんよ、君のことをマトシカなんて呼んで。また会おう!マトリョーシカ・マトリョーシカ・マトリョーシカ!







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?