太陽が落ちる理由

夜になると魔女の金歯みたいに光っていた街のマンションはいまは工事中なのか灰色のシートに覆われていた。僕はどちらの姿も好きではないし、どちらの姿も好きにはなれない。

よく丘の上から眺めていた。特に、だれとも喋らなかった日、もしくは喋りすぎた次の日、あるいは限りなく空気が澄んだ日。魔女の金歯は僕の心も街の心も、だれの心も癒しはしなかった。一体僕はなにに駆られ、なにを眺めに、なにを探しにあんな丘にのぼっていたのだろう、そんなことをいまは思う。

丘をのぼり始めるのは日が暮れる少し前と決めていた。それは僕にとっての唯一の帰り道だった。思いかえせば、僕が丘をのぼる日、正確にはのぼろうとしたその時間、いつも小雨がぱらぱらと僕の瞼や頬を濡らした。大雨が降るようなことはなかったから僕はいつも傘を持たず丘の上を目指した。繊細な雨、静かな風、そしていまにも消えそうな柔らかい陽光が僕は心地よかったのかもしれない。

丘の上には登場人物がいなかった。のぼる途中にものぼった後にもだれも現れはしなかった。だれも。丘がまわりのどの山よりも低かったからか、僕の眼が悪かったからか、僕のタイミングが悪かったからか、もしくはそのどれでもないなにか。とにかく理由なんてものはきっといつまでもこの僕にはよくわからないだろう。

ただ。太陽が完全に落ちる瞬間、あらゆる光が一つに染まる瞬間、一人の丘からみえる景色というのは、もう二度と街で泣かないと決意した人、もう二度と足跡を残さないと心に誓った人、もう二度と空を見上げないと自分と約束した人、そんなあらゆる人々が、かつての自分のように、あの丘に降りつづける雨のように、限りなく澄みきった涙を落としてしまうぐらいに、哀しく、哀しく、そして変えられないものであった。


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