フラフープの色

だれもサンタクロースを信じずどのサンタクロースも青くなってしまったある日、マトリョーシカ・マトリョーシカ・マトリョーシカ(以下マトリョーシカ・マトリョーシカ)は僕の隣に猫の里帰りみたいな格好でやって来て寝ころんでいた。

「ぼくは何色も好きになれない」

朝方に宙を舞う細雨のようなマトリョーシカ・マトリョーシカの声はひんやりとした風のなかにすぐに消えた。マトリョーシカ・マトリョーシカは体勢をちょこまか変え黒い海のように広がる目の前の田んぼをじっと見つめていた。澄み切った夜空には宇宙のさぶいぼみたいな星くずが秋の新米を彩るふりかけのようにきらきらと光っていた。

蝉の昼寝みたいな時間が過ぎた。マトリョーシカ・マトリョーシカは持っていたフラフープをくぐって一人で遊んでいた。宇宙が夏から秋へ移行する姿を見せられているようであった。何度か季節が変わってマトリョーシカ・マトリョーシカは星がぶっ飛ぶぐらいに下手くそな歌を暗闇の自然に撒き散らしはじめた。無邪気に動く影は毎年限られた期間だけ庭に花を咲かせる植物に水をやる元気な婆さんの姿のようであった。

マトリョーシカ・マトリョーシカはこんな歌を歌っていた。

「この長い長い下り坂を〜……」

「好きなのかい、ゆずが?」と僕は訊ねた。フラフープはこの星の飾りもののようにアスファルトに置かれていた。

「ぼくはみかんが好きだ」

マトリョーシカ・マトリョーシカはそう言ってフラフープを手に取りまたくぐりはじめた。僕はその特別ステージを明け方の湖のように静かに鑑賞していた。マトリョーシカ・マトリョーシカはたった一人の観客に深々とお辞儀をして言った。

「決めた。このフラフープ、キミにあげる!今、決めた!」そして僕にフラフープを渡して子どもの恐竜みたいに叫んだ。

「思い出した!ぼくはこのフラフープの色が好きだったんだ!」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?